EU離脱後もイギリスが「波乱含み」な事情 慶大・庄司教授が語るブレグジット後の焦点

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――最終的にイギリスとEUのFTAはどのような形になりそうですか。

ジョンソン首相が目指しているのは、カナダ型のFTA、いわゆるCETA(EUカナダ包括的経済貿易協定)をさらに野心的な形にしたものだ。ただ、EUは金融サービスで「単一パスポート制度」(EU加盟国の1つで認可を取得すれば、域内のほかの国でも業務を展開できる制度)の継続はせず、「同等性評価」によって規制の同等性を条件にEUとの取引を分野ごとに認めていく方針。そこはもう大きな争点にはならない。

金融機関もイギリスの単一パスポート失効を前提に、すでに欧州大陸側に現地法人を新設するなど対応済みだ。争点になるのは、関税や原産地規則など。物品の関税がゼロになっても、税関などの国境手続きや原産地証明が発生するのは必然だ。

EU離脱後のスコットランドも焦点

――EU離脱後のイギリスは、北アイルランドやスコットランドの問題などで、なおも混迷が懸念されます。

北アイルランドに関しては、特別な地位の詰めがこれからで、イギリスとEUとの共同委員会で決めることになっているが、移行期間中で間に合うかどうか。ただ、北アイルランドに自治政府が3年ぶりに復活したことは北アイルランドの安定に寄与しそうだ。

問題はスコットランドだ。独立のための再住民投票は、ジョンソン首相が承認しないため膠着状態になる。とはいえ、スペインのカタルーニャ地方のように一方的に独立を宣言するようなことは考えにくい。スコットランド住民の半分近くはイギリスにとどまりたいと思っているからだ。

ただ、北アイルランドの特別な地位に関する取り決めがうまくいった場合、スコットランドも同様の地位を求める可能性がある。当面独立を諦める代わりに、そうした地位を求めてくるかもしれない。

――日本とイギリスとの新たな通商協定交渉は円滑にいくでしょうか。

両国はこれから移行期間内のFTA締結を目指すことになるが、日本とEUが結んだ協定(経済連携協定=EPA)と、日本とイギリスがこれから結ぶ協定とは、物品やサービスの中身が違うため、交渉も微妙に変わってくる。その辺の有利・不利を双方がどう捉えるかだ。交渉ごとなので、そう甘くはないだろう。

――イギリスが抜けた後のEUは、反EUやポピュリズム政党の台頭など求心力の低下が懸念されます。

EU加盟国がさらに出ていくということにはならないだろう。加盟国は、EUにとどまること自体は単一市場などで経済的に有益だと思っている。EU予算からの財政移転もある。EU加盟国であることが安全保障にもなっている。EUを機能マヒさせたり、分裂させたりすることは加盟国にとっても得策ではない。EU首脳会議や閣僚理事会を通じて、できるだけ自国に有利なようにEUを変えていくというスタンスだろう。

つまり、「脱EU」よりは「奪EU」。ポピュリスト政権で協力してEUを作りかえてしまえという方向に向かうと見ている。今のところ欧州議会では親EU派が多数を占めているからいいが、各国でポピュリストの単独、連立政権がさらに増えてくると危なくなる。

とくに、ポーランドとハンガリーのポピュリスト単独政権がEUの法の支配を完全に踏みにじっており、そういう国を放っておくとEU自体がおかしくなるという危機感が必要だ。メルケル首相の後継者がいないことや極右政党の勢力拡大などドイツ政治の流動化も大問題であり、ドイツ出身のフォンデアライエン欧州委員長の立場を弱くすることにもつながる。

中村 稔 東洋経済 編集委員
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