EU離脱後もイギリスが「波乱含み」な事情 慶大・庄司教授が語るブレグジット後の焦点

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――1月31日のEU離脱後、EUとの将来関係を決める交渉の焦点は。

2月下旬にEU側の交渉指令が決まり、それが欧州委員会のバルニエ首席交渉官がイギリスと交渉するうえでの指針となる。その中身が第1のポイントだ。実質的な交渉は3月から始まることになるだろう。

第2のポイントは6月末で、本当に移行期間を延長しないのかどうか。ジョンソン首相は延長しないことを離脱協定法に盛り込んだが、与党多数の議会で法改正すれば延長は可能だ。そして第3のポイントは、2020年末に本当に将来関係協定が成立するのかどうか。批准プロセスを考えると、11月末までの合意が必要となる。

年内に通商面限定の「部分合意」か

――将来関係協定の年内合意は可能でしょうか。

おそらく将来関係協定の部分合意となるのではないか。つまり、合意は通商面に限られる可能性が高い。移行期間が終わっても協議は継続できるので、安全保障問題などに関しては継続協議となるだろう。通商だけ合意できれば、企業は安心する。ジョンソン氏もそうした形を狙っているのではないか。

庄司克宏(しょうじ・かつひろ)/1957年生まれ。慶応義塾大学法学研究科博士課程単位取得満期退学。ケンブリッジ大学客員研究員などを経て現職。日本EU学会理事(2006年~2009年に理事長)、ジャン・モネEU研究センター所長も務める(撮影:尾形文繁)

ただ、ハードルが2つある。1つは漁業問題。イギリスの恵まれた漁場への相互アクセスを引き続き認めないとFTAを結べないとEUは言っている。とくにフランスやオランダ、スペインの漁民の利害が大きい。一方のイギリスは、漁業問題はFTAとは別だと言っている。漁業ではイギリスの立場が相対的に強く、FTAではEUのほうが立場は強い。この漁業問題がネックとなって、年末までにFTA交渉がまとまらず、「FTA合意なき離脱」となる可能性もある。そうなれば通商関係は世界貿易機関(WTO)ルールに基づく関税が発生することになる。

もう1つのハードルは、同一競争条件(レベル・プレーイング・フィールド)と言われるものだ。環境保護や労働基準、国家補助金、税制などの競争条件をEUと同一にせよということだ。それで合意しておかないと、関税ゼロのFTAになった時にイギリスが競争条件を有利に変更し、輸出ドライブをかけてくる恐れがあるとEUは見ている。関税の低さは同一競争条件をどの程度のむかと比例関係にあるという考え方だ。

例えば、EUは、企業への補助金や支援制度が競争条件を歪めるとして、EUの国家援助規制を移行期間後も導入するようイギリスに要求している。環境・労働基準もEUと同じルールを求めるなど強硬だ。また、3月から始まるアメリカとイギリスのFTA交渉において、イギリスが遺伝子組み換え食品や成長ホルモン剤使用牛肉の輸入をするような事態をEUは認めたくない。

――現時点ではイギリスはEUの一員なので同一競争条件下にありますが、それでも交渉はもめるということですか。

そうだ。FTAを結びたいのなら、将来にわたって同一競争条件をのめとEUは要求している。その確約をFTAの条文に書き込むということだ。

さらにEU側が警戒しているのは、FTA交渉の際にイギリスがEU加盟27カ国(イギリスを除く)の切り崩しを図ることだ。離脱協定と違い、FTAでは加盟国の利害がすべて一致するわけではない。

例えば、ポーランドは漁業問題にあまり関心はないが、安保問題ではロシアの脅威があるため、イギリスとEUの強固な関係を重視している。ドイツは自動車の関税ゼロを優先的に実現したい。そうした利害の違いを利用してイギリスがEU各国と個別に裏取引を行い、EUの結束を弱めるような動きを恐れている。

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