エマニュエル・トッド 歴史人口学者・家族人類学者--もし自由貿易が続くなら民主主義は消えるだろう

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 フランスは英米と並び、民主主義発祥の国です。しかし今や、支配者階級は自由貿易以外の体制を検討することを拒んでいます。不平等が広がるにつれて、多くの人々の生活水準は下がり始めています。もし、支配者階級が生活水準の低下を促し続けるなら、民主主義は政治的にも経済的にも生き残れない。独裁国家になるのは避けられないでしょう。

--「デモクラシー以後」に待ち構えている世界は。

かつて、旧ソ連の崩壊を予言したところ、実際に崩壊しました。アメリカ帝国主義も予言どおり崩壊するでしょう。今回は条件付きですが、最新著作の中では「もし自由貿易が続くなら、民主主義がなくなるでしょう」と指摘しています。

つまり、民主主義を残したいなら、自由貿易を片付けなければならない、という選択が必要なのです。デモクラシー以後に自由貿易体制の流動化が起きれば、民主主義が残るのです。逆に、自由貿易体制が不平等の度合いを強めたとしたら、民主主義は安定を失います。

欧州にはもはや、「左寄り」政党がありません。フランスの社会党には統治する気がうせてしまいました。右寄りの政党は社会主義者をリクルートしています。ドイツではSPDとCDU、つまり右翼政党と左翼政党が連立政権を樹立しました。仏独ではもう、政権交代の可能性はなくなったのです。政治的・経済的に変化をもたらさない社会が、民主主義といえるのでしょうか。

--ピッツバーグで開かれたG20では、各国の財務相や中央銀行総裁から経常収支の不均衡是正へ自国通貨安を容認するような発言が相次ぎました。こうした動きはまさに保護主義といえるのではないですか。

そのとおり。為替変動を利用して自国経済を守ろうというものです。通貨安はプロテクターになる。しかし一方で、為替の変動は壊滅的な状況ももたらします。他国の通貨高につながるからです。通貨価値の調整を通じて不均衡を是正できると考えるのは幻想です。というのは、通貨価値の下落に伴う影響にはバラツキが生じるからです。ある製品には輸入増の歯止めになるが、別の製品に対してはむしろ輸入を促すかもしれない。通貨によるコントロールができるなどと思わないことです。通貨は強いほうが良い。それが理にかなった考えではないでしょうか。

(聞き手:鈴木雅幸、松崎泰弘 撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)

Emmanuel Todd
1951年生まれ。フランス国立人口統計学研究所に所属。ケンブリッジ大学卒業。76年の『最後の転落』でソ連崩壊の予兆を断言、9・11同時テロから1年後の2002年には『帝国以後』で、帝国化した米国金融主義の没落を予言した。『デモクラシー以後』では、フランスのサルコジ大統領を批判、「サルコジ局面」の打破に向けた民主主義体制への警告の書でもある。

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