ベトナムで亡霊の如く漂う「原発安全神話」 日本に絶大な信頼を寄せるベトナムの人々
まるで進展のない立ち退き問題
「市場で魚を値切ってるんじゃないんだから、もうやめてほしいよ」
タイアン村で農業を営むグォー・カック・カーンさんは、ちょっと怒っていた。怒りの矛先は国だ。原発建設に伴う移転保証金のあまりの安さと、理不尽な提示額を変えようとしない当局の姿勢に、たまった不満を語り続ける。
「地価の相場より低くすぎて話にならない。市場価格なら同意するが、われわれもそれなりのものをもらわないと生活できない。今は国家が強権を使う時代じゃない」
タイアン村は約700世帯、1500人ほどが住む半農半漁の小さな集落だ。日本がベトナムに造る第2原発は、この村の土地に、全住民を立ち退かせて建設を行う。集団移住地は2キロメートルほど先で、代替え農地も用意されているはずだった。
しかし、原発建設の前提となるこの村民の立ち退きが、現在、「いっさいまとまってはいない」状態だという。
グォーさんを訪ねるのは2度目。初めて会った2年前の時点では、すぐにでも立ち退き料の交渉が始まり、ほどなく移転が決まるだろう話していた。再訪した今回、すでに村を離れる準備が完了しているものと思ったが、グォーさんの暮らしぶりどころか、ほかのほとんどすべての村の様子に変化はなかった。
グォー家を訪れて前回と違ったのは、ホーチミン市の専門学校に行っていた末娘が戻っていたことである。卒業はしたものの、いまだ就職先がない。専攻は建築。地元にできる原発で働けるのではと水を向けると、
「2020年だもの。そんなに先じゃねえ……」
数日前に出たばかりの着工延期の情報は、すでに地元に伝わっているようだ。グォーさんも言う。
「ニュースで見て知ってるよ。きっとカネがないんだろう。ほかの人の話じゃ、ロシアの工事が2017年に始まるらしい」
原発の建設開始が延びれば、移転交渉はさらに時間がかかりそうな気配だ。彼の口ぶりには嫌気と停滞感が漂う。
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