ベトナムで亡霊の如く漂う「原発安全神話」 日本に絶大な信頼を寄せるベトナムの人々

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関心のなさのゆえんは、圧倒的な情報不足にある。原発とはどんなもので、日本では震災後になにが起こり、「福島」がどう変わり、原発事故によって周辺住民たちがどう苦しんでいるのか。タイアン村の多くの人は、直接、説明される機会をほぼ得ていない。ほとんどが限られたテレビニュースで伝え聞くのみ。原発建設の渦中にある村民たちが見せるのは、驚くほど何も知りえない姿であり、何より彼らに情報不足という認識さえない。グォーさんは言う。

「ベトナム人じゃなくて日本人が原発を造るのだから、まったく心配はしていない。安心だよ」

ここまで原発に危機感を持たず、否定的でない人たちや場所は、今の日本ではそうそう見かけない。

ただ、タイアン村の人たちが原発の安全性を積極的に支持しているかと言えば、そこは明らかに異なる。日本の現状も、原発が来る経緯も、今回の着工延期も、新聞やテレビで間接的に知るしかない閉ざされた原発情報。少なくとも知らされる話題の中に、強く反対すべき理由が見当たらないだけである。

さらに面はゆいが、日本人の高い技術力と国民性に寄せる信頼感が絶大だということだ。原発が安全だとする住民意識の形成には、「日本」という存在が大きく起因しているようにも見える。

まさにそれは“安全神話”だった。すでに日本では瓦解した「原発は絶対に安全」「決して原発事故は起きない」などという実態なき妄信である。タイアン村にはそれがまるで亡霊のように人々の間を漂っていた。

日本に行った村人たち

グォーさんは日本を訪れたことがあるという。

東日本大震災前の2010年夏、「日本の電力会社」の招きで、稼働中の原発を見学しに行ったという。彼によれば、東京にある電力会社と3つの原発を視察し、そこに「福島」も含まれたいたらしい。

タイアン村からは村長と、村の老人会代表であるグォーさんの2人が参加した。まだタイアン村は原発建設地のひとつとして検討されている段階だったが、ほかの候補地の住民とともに日本での原発視察は行われた。ちなみに、ロシアと日本が受注を争っていた第1原発についても、建設予定だったニントアン省のフックジン村周辺からはグォーさん同様に数人が日本に招かれている。

当時、立地の可能性のあった地域の住民は、こぞって日本の原発視察に呼ばれていたのかもしれない。

いずれの場所でも原発の安全性が日本側から喧伝された。ベトナムに帰ってからそれを伝えることもお願いされたという。

かつて日本の原発予定地域では、まず地元議員や有力者を国内外の原発に連れていく「先進地視察」が盛んに行われていた。実際は電源立地交付金などを使った無料の観光旅行で、「買収ツアー」などと批判の声もあった。日本の原発建設の現場で続けられてきたこの常套手法は、どうやらベトナムでも踏襲されていたようだ。

「日本で印象的だったのは、原発の近くに住む人から聞かされた話だ。その人は、原発には小さなトラブルはあっても大きな事故はないと言っていた。とても安心したよ」(グォーさん)

その後に起きた震災と原発事故。村長のところにはすぐ日本人が来て、なにも問題がないと説明したという。グォーさんの元にも心配になった村人が訪ねて来たが

「みんなに言ってやるのさ。私は日本に行って、日本の技術の確かさを知っている。事故の経験を踏まえた日本が新しく造るから大丈夫、ここの原発は絶対に安全だってね」

この村で原発の安全性に不安の声が少ないのは、意外でも偶然のことでもなかったようだ。来たるべき原発建設を前に、住民世論を有利に導く準備は着々と進められていたのである。

日本からは原発プラントだけではなく、原発の“安全神話”の作り方までもしっかりとベトナムに輸出されていた。

※ その3に続く

(撮影:木村聡)

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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