トランプ大統領が12月に作った2つのレガシー USMCA(新NAFTA)批准へ、まさかの法案可決

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一方、上院共和党ではパット・トゥーミー上院議員(ペンシルベニア州選出)のように自由貿易のイデオロギーを重視し、反対票を投ずる議員も一部いるだろう。だが、多くの上院共和党議員はトランプ政権の今議会の最重要アジェンダに反対すれば、有権者から反感を買い、次期選挙での自らの再選が危うくなるリスクを把握している。したがって、多数は自らの信念を曲げ、USMCA施行法案に賛成票を投じかねない。今や共和党は経済ナショナリズムを推進するトランプ党と化してしまった。

第3にロペス・オブラドール政権が協力的であったことだ。

1980年代までのメキシコ経済は原油生産などコモディティ依存の閉鎖的な経済であった。だが、NAFTAが発効したことで、同国の新自由主義政策の「ロックイン効果」がみられ、過去約25年間で同国経済は著しい発展を遂げた。今やメキシコは米国とカナダとともに北米経済の一部として切っても切れない関係となっている。

2018年12月に就任した左派のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)大統領は、NAFTAが署名された1992年当時、同協定を批判していた。だが、AMLO大統領は現在ではUSMCAを支持している。この四半世紀でメキシコ経済は大転換し、今や過去の閉鎖的な経済に戻れないことを、左派の政治家でさえ熟知している。

また、AMLO大統領は汚職撲滅と治安対策など国内問題解決を公約して当選した経緯があり、通商政策など外交政策には関心が薄い。したがって、アメリカとの関係では波風を立てないよう心掛けている。移民問題でトランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき関税を課す、と威嚇した際には、中米諸国からの移民がアメリカ政府に難民申請をしている間のメキシコ滞在などを受け入れた。またUSMCAでも労働や環境条項で大幅に譲歩した。またメキシコで強固な労働組合の2つがAMLOに批判的であったことからも、労働法改革や労組にメスを入れることに抵抗はなかった。

ほかの重要法案では民主党の協力は得られない

以上の3つの好機が偶然にも重ならなければ、USMCAのアメリカ議会批准はとん挫していた可能性が高い。例えば大統領が民主党大統領であったとすれば、上院共和党などが批准を阻止し、オバマ前政権時代に暗礁に乗り上げた環太平洋経済連携協定(TPP)と同様に施行法案は廃案とならざるを得ない運命にあったとも考えられる。

アメリカ議会では貿易関連法案に対する超党派支持は近年、崩壊寸前にあった。GATT東京ラウンド後の施行法の1979年貿易協定法は下院で賛成395票、反対7票で成立していた。しかし、1993年に成立したNAFTA施行法は賛成234票、反対200票。そして2005年に成立した中米自由貿易協定(CAFTA)施行法は賛成217票、反対215票と僅差であった。オバマ政権時代に推進したTPPは時間切れで廃案となった。したがって、USMCAを超党派で下院が可決したことは時代の流れに逆行するものだ。

今回は3つの偶然が重なったことが大きく、他の貿易関連法案で同じことが起きるとは思えない。今後、メキシコのようにアメリカに大幅に譲歩する国がでてくるかは疑わしいからだ。また、超党派の動きもUSMCAに限ったことであり、今後、インフラ整備や医療制度改革などの重要法案が議会で可決できることは想定できない。

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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