箱根駅伝を席巻「進化した厚底シューズ」の衝撃 「靴」に注目すると、観戦はもっと楽しくなる

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――靴に関しては「厚底か、薄底か」という論争がありましたが……

確かに日本には「分厚い靴は日本人に合わない」「薄ければ薄いほどいい」という定説が根強くありました。これまではマラソンシューズも、「薄くて軽いのに反発力がある」というところがポイントで、技術的にもみんながそこを目指していました。

しかし、ナイキが出した「ヴェイパー」は真逆の靴なんです。「薄く軽く」の常識をいったんすべて疑って、「新しいイノベーション」を生み出してしまった。

そこで昨年までは「厚底か、薄底か?」という論争までおこりましたが、この靴の「本当のイノベーション」は、ソールに反発性のある「カーボンシート」を入れたことなんです。そのことでランナーたちは楽にスピードを出せるようになった。そこが「本当のイノベーション」なのです。

「トップランナーのビッグデータ」が理想の靴を作った

――なぜ「新しいイノベーション」が生まれたんですか?

大きく2つあると私は考えています。1つは、『SHOE DOG(シュードッグ)』にナイキの創業時の様子が描かれていますが、創業者のフィル・ナイトは陸上選手出身で、「利益先行」ではなく、つねに「ランナーファースト」です。

その考えが、今のナイキにも脈々と続いていて、「アスリート」の声を聞く、そして「トップのエリートアスリートだけがアスリートなのではなく、体を持つ者はすべてアスリートだ」というナイキの哲学が背景にあるように思います。

もう1つが、その哲学に関わってきますが、ナイキという会社が「ビッグデータを活用した靴作り」をしているからだと私は考えています。

そもそも、今「靴の作り方」は大きく2つに分かれています。まずは「職人の靴」です。ニューバランスの三村仁司さんを代表とする職人が、自ら選手の足を見て、三村さんに蓄積された経験値をもとに、それぞれの選手だけのオリジナルシューズを作る。靴としてはこれが「最高グレード」ですが、これは、オーダーシューズであるがゆえに「量産することができない」という大手メーカーが抱える矛盾がありました。

ここにナイキは、「ビッグデータをもとに『集合知』で理想の靴を作る」という方法を確立しました。国内のメーカーは、日本国内の選手がメインのため、データも限られますが、ナイキには世界中にトップアスリートの顧客がいて、彼らに靴を渡し、フィードバックを受け取っています。「アスリートたちがどこに接地して、どういうふうに走ったか」というデータをもとに、ソール形状をデザインしてくのです。

2016年リオ五輪王者で男子マラソンの世界記録保持者、特設レースで人類初のフルマラソン2時間切りを達成したエリウド・キプチョゲ(ケニア)といったトップアスリートだけでなく、「速い人」「遅い人」「かかとから接地する人」「つま先から接地する人」「欧米人」「アジア人」「アフリカ人」まで世界中のいろんな走り方の選手のデータを集められるんです。

薄底がメインだった時代は、「厚底はブレるし、重いからダメだ」としか考えられていませんでした。しかし、「データからはじき出された理想の走り方」を可能にするのは、なるべく前傾姿勢にして、平地だけど坂道を下っているように走れるような角度。そして、レース終盤でも足に疲れが残らない十分なクッション性を持たせた厚くて軽いソールだったわけです。

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