暴走する近代主義が「ニヒリズム」に向かう理由 「知識」「感受性」「想像力」が「ひらく」対抗力

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自由の拡大や経済発展は、以前に比すれば飛躍的に大きな活動の舞台をわれわれに与えてくれたかもしれません。しかしそれに反比例して、社会秩序や人間の倫理観、さらには歴史のなかで醸成された「常識」や「良識」は著しく衰弱してしまいました。

また、高度な技術を駆使した物的な生産力の向上が、人間の心理や精神をむしろきわめて脆弱化し、さらに今日の情報洪水が、知識や言葉の価値を恐るべき勢いで引き下げていきます。あらゆる知識や言葉が飛び交い、流砂のように通りすぎてゆくなかで、知識の確かさが見失われ、言葉への感受性がますます失効していきます。

確かにニーチェが予告した「ニヒリズム」(確かな価値の崩壊)に向かって大行進を続けているといってよいでしょう。

仮にこの事態を「現代文明の危機」と呼んでおけば、それがわれわれの生に関わる「全般的な危機」である以上、個々の専門的科学や実証的な学問は、危機の様相を解き明かすにはあまりに無力です。

いま必要なのは、諸専門諸科学の知見と協同しつつ、われわれがそのなかにいる現代文明の隘路そのものを主題化すること以外にはありえないでしょう。そして、かぼそく衰退しつつあるわれわれの感受性と想像力の回復こそが急務ではないでしょうか。

なぜなら、あらゆる意味で文明を支えるものは文化であり、文化を支えるものは、それに関わる人々の、価値への感受性や想像力、それに価値の伝承と創出をめぐるよい意味での抗争だからです。

「知識」「感受性」「想像力」を「ひらく」

雑誌『ひらく』は、このような問題意識をもって志を同じくする仲間が参集し、思考し、また試行するための雑誌です。

『ひらく(2)』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

もとよりこの雑誌は、その趣意からして分野横断的ですが、それは必ずしも学術分野に限りません。芸術、文学、映像や舞台など、「知識」と「感受性」と「想像力」に関わる文化全般へ「ひらく」ことこそが求められているものと思います。

今日の文化のなかで種々雑多に並べられた感もあるこれらの分野を越境することで、少しでも、現代文明や日本文化についての本質的な論議の場所を作り、この混沌たる現代に対する思想的な座標を見出すことができればと考えています。

できあがった冷めた知識の提供ではなく、むしろできつつある未成熟な知識の実験的な登場にも道をひらき、またまだ十分に執筆の場をもてない若い人たちの積極的な参加も歓迎しつつ、われわれの試行が、読者の皆さんとともに、今日のわが国の知的文化に対してささやかな寄与ができればと念じています。

佐伯 啓思 京都大学こころの未来研究センター特任教授、京都大学名誉教授

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さえき けいし / Keishi Saeki

思想家。1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得。広島修道大学専任講師、滋賀大学教授、京都大学大学院教授などを歴任。著書に『隠された思考』(筑摩書房、サントリー学芸賞受賞)、『「アメリカニズム」の終焉』(TBSブリタニカ、NIRA政策研究・東畑記念賞受賞)、『現代日本のリベラリズム』(講談社、読売論壇賞受賞)、『近代の虚妄』(東洋経済新報社)など。現代文明や日本思想についての言論誌「ひらく」(A&F BOOKS)の監修も務めている。

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