まるで犯罪者扱い「成年後見人」で地獄見た家族 認知症の夫を支える妻のあまりに過酷な現実

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後見人になった司法書士があんまり理不尽なことを言うので、3カ月経った時に、どれほど精神的につらい思いをしているかをるるつづったうえで、後見人の変更を申し出た。

新しい裁判官はさすがに事情を察したのか、財産管理も直子さんに変更してくれたそうだ。家族が後見人になると成年後見監督人(司法書士など)がつくことが多いが、直子さんは単独で後見人に選任された。もし監督人がついていたら、また20万円以上の報酬を支払わなければならなかっただろう。

では直子さんが後見人になって楽になったのだろうか。

「嫌な司法書士の顔を見ないですむことと、生活費が15万円から20万円になっただけで、お金が自由に使えないことは同じです。私たちのお金なのに、自由に使えないなんてほんとにバカらしいです。なんで『使っていいですか』と、他人にお伺いを立てないといけないのですか。

そのうえ通帳から株から生活費まで、全部誰かに見られているんです。それも自由に使えないように管理されている。裁判官の機嫌を悪くして監督人をつけられたら困るから必死にやってますが、なんとかしてほしいです」

抜けられないアリ地獄の制度

私は、「そんなに大変だったら、やめたいと言ったらどうなんですか」と言った。

「そりゃ、やめたいです。だけど、一度この制度を利用したら絶対にやめられない、アリ地獄なんです。やめることができるのは、裁判官と複数の医者が立会いのもとで、本人が『やめたい』と言ったときだそうです。だから『お父ちゃん、しゃべって!』と毎日手を合わせています。たった一回勘違いしただけで、生涯監視されるなんて、なんでこんな厄介なことに巻き込まれたんやろね」

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本来、成年後見制度は介護保険制度とセットのはずだが、国が介護保険制度を準備している段階で知らなかったため、あわてて禁治産制度をベースに制度化したと聞いたことがある。それなのに、冒頭であげた「3つの理念」を掲げているのだから、なんともおかしな法律なのである。

直子さんの体験から学べるとしたら、家族の関係がごく普通なら、成年後見制度など利用すべきでないということだ。利用していいのは、家族の中によからぬ者が入り込み、財産を奪おうとしているときだけだろう。

それにしても、なぜ直子さんはいきなり「地獄」に放り込まれたのだろう。欠陥だらけの法律を放置してきた国に責任があるのはもちろんだが、銀行も直子さんも含め、この制度のことをあまりにも知らなすぎたからだ。知らないことは、思わぬ悲劇を招きかねないということである。

奥野 修司 ノンフィクション作家

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おくの しゅうじ / Shuji Okuno

大阪府生まれ。立命館大学卒業。1978年から南米で日系移民を調査する。帰国後、フリージャーナリストとして活躍。1998年、「28年前の『酒鬼薔薇』は今」で、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、2005年に講談社ノンフィクション賞を、2006年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『ねじれた絆』『満足死』『心にナイフをしのばせて』など著作多数。

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