中央銀行が環境問題に手を出すのは無理筋だ ラガルドECB総裁はやはり政治的すぎるのか

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もし、環境への影響に関して企業Aが企業Bよりも優遇され、企業Bからクレームが出た場合、どうするのか。中央銀行は環境の専門家ではないので、第三者から意見を聞くことになろう。しかし、その第三者が適切であるかも含めて議論を呼ぶと予想される。そもそも政策運営は物価安定に注力すべきところ、これに関与する主体が枝分かれしながら増えて行ってしまうこと自体、健全ではない。中立の立場から物価安定を追求するという期初の目的に対して、ノイズがどんどん増えてしまう。

ECB以外にも環境問題に関心を寄せている中央銀行はあるが、今のところは静観の構えが目立つ。パウエルFRB(米国連邦準備制度理事会)議長は今年7月の議会証言で、自然災害が金融市場に及ぼす影響を注視するものの「気候リスクは長期的なもので、日々の銀行監督に影響を与えるとは思わない」と述べ、そのリスクが中央銀行の責務に関わる可能性を明示的に認めることは避けた。時間軸が違い過ぎるという問題意識だろう。

また、カーニー総裁率いるイングランド銀行(BOE)は国内大手銀行のストレステスト(健全性審査)に地球温暖化と環境政策を組み込む意向を示しているが、やはり金融政策を気候変動対策に割り当てることについては二の足を踏んでいる。なお、フランス銀行(中銀)も国内の銀行と保険会社に対しやはり気候変動に関するストレステストを来年から実施する意向を明らかにしている。こうして見ると、「まずはストレステストにシナリオの1つとして組み込む」というのが各国当局の採る最初の一手となってきそうだが、二の矢が続くのかは微妙な情勢と言わざるをえない。

亀裂の「修復」ではなく「拡大」も

世界的には「気候変動の重要性は認めつつも、中央銀行の相対する(すべき)問題ではない」という意見がまだ主流である中、ラガルド総裁が仮に環境問題を新たな金融政策戦略の一要素として取り込むのであれば、正否は別にして、それは先進的な動きとは言える。

だが、「総論賛成、各論反対」の当局者が多数と思われる中でこれを敢行すれば、すでに現行の金融政策をめぐって分裂している政策理事会の亀裂をさらに深めることになりかねない。目先の金融政策運営と異なり、一度決めてしまえば簡単には修正できない戦略でもあり、環境問題を盛り込むには議論が熟していない。

東洋経済オンライン記事『ラガルドECB総裁誕生から何を読み解くか』『ECB分裂騒ぎで、ラガルド新総裁は慎重な船出に』でも論じたが、ラガルド総裁にはまず前ドラギ体制で生じた政策理事会内の亀裂を修復するという調整能力に大きな期待がかかっている。にもかかわらず、こうした根の深そうな新しい争点を持ち込んでしまうあたりに、初動としてはやや不安を覚えてしまうものがある。すでにドイツははっきりと気候変動に関与することに反対の立場を表明している。

ラガルド総裁にとっての最初の大事業となる政策戦略の修正作業が、亀裂の「修復」ではなく「拡大」をもたらすような一手にならないことを祈るばかりである。「金融政策における環境問題のあり方」は中央銀行デジタル通貨(CBDC)と並び、2020年に注目すべき大きな金融のテーマとなってきそうである。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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