それにしても、人工乳も今は質の高いものが作られているはずなのに、なぜ、人工乳ではなく、ヒトの母乳を飲ませることがそんなに重要なのだろうか?
「母乳を飲んでいない低出生体重児にとって一番怖いのは、腸管が壊死してしまう壊死性腸炎にかかりやすいこと」と水野教授は言う。
「壊死性腸炎は彼らの死因のトップなのです。1000g以下の赤ちゃんにとってはとくに恐ろしい病気で6割くらいの子が亡くなっています」
この壊死性腸炎の発症が、母乳を飲めば3分の1程度に減る。カギを握るのは、母乳の中に150種類以上含まれるオリゴ糖の1つ「ヒトオリゴ糖」に含まれるDSLNTという物質だ。ドナーミルクでもDSLNTは減少せず、作用も変わらない。人工乳にもオリゴ糖は含まれているが、それはオリゴ糖の種類が違い、この効果はない。
母乳には腸管粘膜を強くしたり修復したりする「上皮成長因子(EGF)」や感染を防止する免疫物質の「免疫グロブリンA(IgA)」も含まれ、小さな赤ちゃんの未発達な消化管を守るためには重要な役割を果たす。これも、ドナーミルクには、多少は減るものの十分な量が入っており、一方の人工乳にはまったく含まれていない。
急務となっている「ドナーミルク」の提供
こうしたことを考えると、伝統的なもらい乳はすばらしい知恵だったといえる。実は日本では、この習慣がNICUでも続いているという。しかし、「それが、かえって母乳バンクの発達を遅らせました」と水野教授は指摘する。
近年になって、殺菌や検査なしにもらうもらい乳は母乳感染のリスクが問題となった。
「もらい乳が廃れ、人工乳を与えるNICUが増えたため、今、日本では壊死性腸炎にかかる低出生体重児が増加傾向にあります」
安全な母乳「ドナーミルク」の提供は急務なのだ。
もちろん、いちばんいいのは母親自身の母乳だ。だからドナーミルクをよく使う昭和大学のNICUでも、母親たちは出産当日から3時間ごとに1日8回搾乳をして母乳分泌を促し、出るようになればドナーミルクは終了する。ドナーミルクは母親自身の母乳が出るまでの「つなぎ」だ。
ただ、母乳は出始めるタイミングが母親によってさまざまで、出産翌日からよく出る人もいれば、何日も、時には何週間もかかる人もいる。早産の場合は、赤ちゃんが吸う刺激がなかったり少なかったりするので、分泌量が増えにくい傾向がある。
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