丸太小屋で育った「Slack」創業者が貫く信念
CEOが語る経営、ものづくり、生い立ち(後編)

スラック・テクノロジーズのスチュワート・バターフィールドCEOは、自身の生い立ちや信条が事業に与えた影響について語った(撮影:佐々木 仁)
ビジネスチャットアプリを手がけるアメリカのスラック・テクノロジーズを率いるのは、何社ものスタートアップを起業してきたスチュワート・バターフィールドCEO(最高経営責任者)だ。
写真共有サービスの「Flickr(フリッカー)」を創業し、アメリカのヤフーに売却。その後立ち上げたゲーム開発のスタートアップで社内向けに作ったチャットアプリがスラックの原型だ。カナダ出身で、ヒッピーの両親に丸太小屋で育てられたという異色の生い立ちもある。
後編のインタビューでは、起業のきっかけから始まり、生い立ちやその後の人生やビジネスに与えた影響、プロダクトを届ける経営者としての信念、そして上場まで、個人としての思いを中心に聞いた。
社内ツールがビッグビジネスに
――スラックはもともと、起業したゲーム開発のスタートアップで社内ツールとして使っていたと。それが事業になると感じた背景には何があったのでしょうか。
ゲーム開発をしていた当時は、社員が45人ほどになっていた。アーティストやアニメーター、イラストレーター、ソフトウェアエンジニア、ビジネス担当もいた。さまざまな職種の間でコラボレーションをするには、(コミュニケーションの)明確さや団結が必要だった。当時はそんな言葉も考えていなかったが。
僕たちは1990年代からある「IRC(インターネット・リレー・チャット)」というシステムからヒントを得て、自分たちで開発していた機能と組み合わせてチャットツールを作った。スラックの「チャンネル」の概念は、IRCからきている。とはいえ、何年も経つまでそれがユニークな働き方になっているということに気づかなかった。
インパクトの大きさに気づき、これはもっと多くの会社に当てはめられるんじゃないかと思った。それが商用化しようと思ったきっかけだ。ゲーム開発のほうは、とても熱心なファンはいたが、多くの人には難解なものだったので、残念ながらあまり注目を浴びなかった。
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