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第6回(最終回) 自転車とドイツ社会の濃すぎる関係

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  • 高松 平藏 ドイツ在住ジャーナリスト
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それは70年代に始まった

「自転車市長」ハールベーク博士

自転車の町に変貌したのは1972年までさかのぼる。エアランゲン市に37歳の市長が誕生する。ディートマー・ハールベーク博士がその人だ。自然との共生をかかげ環境都市をめざす。そして自転車道の整備もはじめるわけだが、うまくいったのにはいくつかの理由がある。

まず同氏はSPD(ドイツ社民党)の所属だが、当時は市議会で力があり比較的進めやすかった。また道路にまつわる建築や交通の部署に加え、自転車関係のNPOや警察などから意思決定権を持った人物を集め、市長直轄のプロジェクトチームを作ったことも奏功した。

それにしても、ハールベーク博士自身が持つ人間的な魅力、そしてコンセプトの良さが自転車道整備の原動力だった。

さらに法律家でもあるハールベーク博士は「交通の平等」ということも考えた。自転車専用道がない上に自動車の存在感が強すぎると、自転車の走行は実に危険だ。日本では自動車が優先と考える人も少なくない。
 また自転車に故意に幅寄せをするようなドライバーも見られる。これを想像すると「交通の不平等」という言葉が鮮明にイメージできるだろう。また視点をかえれば、自動車も自転車に気をつけねばならず、適正なスピードは出せない。歩道と自転車の関係も同様だ。

自転車道の整備はいわば歩行者、自転車、自動車が安全で適正なスピードで移動できる交通の平等の実現であり、一種の人権問題としての理念があった。

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【自転車とドイツ社会】

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