トランプ氏の弾劾公聴会で世論は動くのか 2極化社会で民主・共和の対立は激しさ増す

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1974年のニクソン大統領の弾劾審議では、弾劾調査の手続きに関する決議案は賛成410票、反対4票と党派を問わず下院のほぼ全員が支持した。なお、民主党のクリントン大統領の弾劾審議の際の決議案も、民主党は31人賛成票を投じていた。

ニクソン時代と異なるのは、現在のアメリカ社会の2極化現象だ。ニクソン時代ももちろん党派対立はあり、当初、共和党はニクソン氏を守ろうとした。だが今日と比べると、その防壁は低く、もろかった。当時、公聴会を通じて、世論は大きく動いたのである。

だが、今日、トランプ氏を守る防壁は高く堅固だ。ニクソン時代にはなかった保守系メディアのフォックスニュースなどがこれを支える。テレビ局ではリベラル系は多数あり、保守系は少ないが、それだけにフォックスニュースが絶大な影響力を保持している。

2016年大統領選後にピュー研究所が行った世論調査では、トランプ支持者の40%が大統領選の情報ソースとしてフォックスニュースを頼っていたと回答した。これに対し、ヒラリー・クリントン支持者が頼っていた情報ソースはトップのCNNで18%に過ぎず、多数のメディアに分散していた。

今回の公聴会では、フォックスニュースはほかの多くのリベラル系テレビ局とは異なる部分に焦点をあてることが確実だ。したがって、フォックスニュースを見ているトランプ氏の支持者たちの多くが、公聴会を通じて大統領弾劾支持に変わることは考えにくい。政治アナリストの一部は、ニクソン時代に、もしフォックスニュースのような強力な保守系メディアが存在していたら、ニクソンは辞任していなかっただろうとしている。

2極化がもたらすアメリカ民主主義の機能不全

弾劾に対する議員の最終的な判断の基準は地元の有権者の意見となる。だが、有権者は支持政党・思想によって異なるメディアで異なる分析を聞かされることになる。したがって、大統領側近などの証言によって大統領が関与したとの確固たる新事実でも出ないかぎり、弾劾についてトランプ支持者の考えを変えさせるのは難しい。

だが、フォックスニュースにも、大統領の行為に関して許容限度はある。トランプ氏が主要7か国首脳会議(G7サミット)をフロリダ州に所有するゴルフリゾート施設で開催することを発表した際、フォックスニュースの主力アナウンサーも、アメリカ憲法に基づく報酬条項に違反していると批判した。その結果、共和党内からも批判の声が高まり、大統領は同リゾートでの開催を取りやめた。可能性は低いものの、ウクライナ疑惑をめぐる新事実が出れば、その内容次第では、フォックスニュースも大統領に反旗をひるがえすことはありうる。

下院では弾劾手続きが開始されても、上院では罷免されないとすれば、社会が2極化する中で、民主主義を維持するのに重要な議会のチェック機能が不能となっているとも指摘されかねない。つまり、共和党、民主党を問わず将来の大統領についても、不適切な行為が容認されかねない。

アメリカのリベラル系メディアで働くジャーナリストの知人は、トランプ政権発足時にメディアの政府監視機能の重責を痛感していると語っていた。その後、民主党は2018年中間選挙で下院を奪還したものの、引き続き大統領の罷免のハードルは高い。弾劾・罷免では世論の動向が最も重要となってくるため、弾劾公聴会開始とともに、今後、フォックスニュースをはじめとした保守系メディアの役割も注目される。 

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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