東京生まれ42歳の彼がタイに見つけた居場所

高校中退後に単身渡り、天職と家族を築いた

「英語は学生の頃から得意で、日常会話くらいはできました。カオサンってなんだ?と思いながら一緒に移動しました」

カオサンは、タイのバンコク、プラナコーン区にある通りの名前だ。バックパッカーがたくさん集まる場所として知られていて、安宿がたくさん並んでいる。

「そのままタイで2カ月くらい生活したんですけど、実はあまり馴染めなかったんですね。ボッタクられたりしました……。

そこでいったん、日本に帰って、次はインドに行きました」

インドに行ってみてわかったタイの居心地のよさ

インド北部のバラナシに行ったが、タイ以上に合わなかった。

「すでに次の航空券を予約していたので3カ月間はインドにいなくてはいけませんでした。

結局クミコハウス(バックパッカー向けの有名なゲストハウス)にずっといて、子供たちと凧揚げしてましたね。

それでクリスマスくらいにタイに戻ったら、『すごいいい街だ!!』って感じたんです。インドと比較して、よく感じただけかもしれませんが(笑)」

それからしばらくはタイと日本を行ったり来たりする日々が続いた。日本では渋谷のタイ料理屋さんでアルバイトをしてお金を貯めた。

タイ語も積極的に覚えた。

「タイ語ってなじみのない文字なのでとっつきにくいですけど、日本語でいうと“ひらがなだけ”の言語なので、1カ月くらい勉強すればパッと理解できるようになります。でもしゃべれるようになるのは、もう少し大変です」

2000年頃、高田さんは当時付き合っていた日本人女性と、バンコクにあるタイ語の学校に通った。学ぶうちに聞くことはできるようになったが、こちらから話をしてタイ人に伝えるのはなかなか難しかった。

「結局、タイで彼女と別れたんです。

別れた後は、ゴーゴーバーに行ってウェイトレスと話しまくったんです。日本で言うとキャバクラやガールズバーで女の子と話す感じですね。そうしたら急速にしゃべれるようになりました。遊びと学びを一緒に体現できてとてもよかったのですが、ただ1つだけ弊害があって、いまだに

『お前はタイの東北地方の女がしゃべるような言葉で話すな』

って言われるんですよ。東北地方の女性から学んでしまったので仕方がないですね(笑)」

そして2001年に初めて“タイで暮らそう”と思ったという。

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