治水の5大手法が「簡単だからこそ」難しいワケ

それぞれの河川、時代で最適を選ぶしかない

しかし、おいしい話ほど、危ない落とし穴が待ち構えている。治水事業でも同じだ。日本の河川行政は、この浚渫で重大な失敗を犯した。

昭和22(1947)年、キャサリン台風が関東を襲い、利根川が栗橋で決壊した。濁流は東京まで襲い、未曾有の大災害となった。その後、国は利根川の下流部で大規模な川底の浚渫を行った。

大浚渫の結果、上流50kmまで海の塩水が逆流

利根川下流部の大浚渫が完了した直後の昭和33(1958)年、利根川の上流奥深い50kmまで海の塩水が逆流した。利根川沿いの千葉、茨城一帯の農作物は壊滅的被害を受け、飲料水も使用不可能となった。流域の人々は「潮止め堰(ぜき)を造れ」と叫んだ。

国は後追いで、潮止め堰の利根川河口堰を建設することにした。この痛い失敗の末、下流部の大規模浚渫では必ず河口で塩水を止める、という教訓を得た。

長良川河口堰建設事業もその一環であった。長良川河口から15km地点の大きな砂州を浚渫し、洪水の水位を下げる。その浚渫に伴い発生する塩水の逆流を防止する潮止め堰が必要であった。

下流部の大規模浚渫は、潮止めの河口堰という河川横断工作物を必要とする宿命を持っている。

手法5)ダム・遊水地で水を貯め、川の水位を下げる

ダムや遊水地は、水を一時的に貯め、全川の水位を下げる。極めて効率的な手法である。

しかし、この手法には克服すべき困難な壁がある。

この手法は広大な用地を必要とする。用地を必要とするだけでない。用地を提供する地先にはなんらメリットがない。メリットを享受するのは、遠く離れた下流都市である。ダムや遊水池の用地を提供する人々は、一方的な犠牲者となる。

とくに、ダム事業においては、山間部の村落をそっくり水没させる。生まれた家、学校、森や小川、田植えや稲刈りのお祭りの思い出を根こそぎ消してしまう。

家や田畑はどうにか金銭で補償できる。しかし、ダムのために犠牲にした思い出は補償できない。ダム事業とは、その地にまつわるすべての思い出を犠牲にする厄介な事業なのだ。

「治水の原則」それは「洪水の水位を下げる」こと。

そのためのさまざまな手法がある。どの手法も水位を下げる。しかし、どの手法もそれぞれ欠点を抱えている。

それら手法の長所と短所を明確に示し、流域の人々の意見を聞き、流域の人々の思いに共感を示し、最後に国が責任を持って「ある手法」を選択しなければならない。

その選択で絶対的な正解などない。よりよい選択でしかない。そのよりよい選択のために、情報公開と選択のプロセスの公開が必要となる。

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