米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か
さまざまな面から幸福を評価すると、最高に幸福なのは、結婚して子どものいる人だ。
私は結婚もしたくなかったし、子どもも欲しいとは思っていなかった。今でも幸せになるのに子どもは必須だとは思わない。
しかしまともな父親になり、自分にふさわしい愛する人とともに子どもを育てて初めて、誰もが頭を悩ませる問題に答えが見いだせた気がした。それは「なぜ自分はここにいるのか」という難問だ。
「自分を誇れる瞬間」はどのようなときかを知る
自分は男らしいと感じると、大きな満足感を覚える(この言い方がどれほど奇妙に響くか、そして女らしさへの見返りについて自分は何も言えないことは認識している)。私の内なるターザンが、つるにつかまって空中を浮遊しているとき、私は幸せだ。
しかし年をとるにつれ、そのつるが変わりつつある。
若いとき自分が男らしいと感じたのは、友人たちに称賛されたとき、見知らぬ女性とセックスしたとき、そして酔っぱらったときだった。
それから年を重ねるうちに、別のつるが現れた。愛情深く信頼される家庭の責任者として家族を養っているとき、また教室や職場で必要とされているとき、私は「雄牛のように強い人間」だと感じる。
サルの群れで多くの雌と交尾できるのは、体が大きかったり力が強かったりする雄ではなく、社会的なつながりを多く持つ雄なのだ。
私自身、自慢げに胸をたたきたくなるのは、次のようなときだ――よき隣人である、法律を守る、自分の出自を思い出す、会うことのない人を助ける、自分の子以外の子にも関心を向ける、投票する。若いときは考えもしなかったことだ。
自分の欠点に真剣に向き合い、足りないものを補う努力をする。要するに、体だけは大人の少年ではなく、本当の大人になることだ。現在の男らしさとは、他人との関わりであり、よき市民であることであり、愛情深い父親であることなのだ。
(翻訳:渡会圭子)
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