山田孝之「どんな役でも爪痕残す」怪優の魅力 「全裸監督」怪演につながる迷走期との戦い
それでも山田は選んだ。演じきった。英語混じりで調子よくしゃべり、白ブリーフ1丁でカメラを回す姿が強調されがちだが、観るべきところはそこではない。第1話では慣れない飛び込み営業で、身を粉にして働く山田。しかし、妻が男を家に連れ込んで浮気している現場に出くわす。妻は「あんたでイッたことないのよ、1回もね」と言い放ち、子どもと共に家を出ていく。男の沽券は木っ端みじん。絶望に打ちのめされるのだ。
そこで回想するのが貧しい幼少期。昼間から長屋で性交する父と母。仕事がうまくいかない父は酒を飲んでいる。隠していた生活費にまで手を出した父に、母は激怒して大げんかに。母を守るべく、手にした包丁で父に刃向かうも、刃先を手で握って制止する母。父をかばったのだ。
自分が身を粉にして働いても、満足せずに去った妻。生活面ではふがいない父でも、かばった母。想像以上に深い、性欲の存在意義。さらに性欲には表と裏があると知り、山田はアダルト業界へと身を投じる。
性を謳歌しているように見えるが、実は山田自身が「性欲の深淵に翻弄され続けていく」のだ。しかも、ハワイの刑務所では屈強な受刑者たちに犯され続ける。浮かれた昭和の栄華だけではなく、その裏にある屈辱と闇も描いている。
「業の深さ」追求した迫真の演技
人間はそんなにきれいな生き物ではない。金に汚く、性に貪欲、業の深い生き物なのに、そこを映像ではいっさい描かないというのは、実に不自然だ。
若かりし頃は青春と感動と純愛を言われるがままに背負い、その反動で犯罪者や奇人・悪人役を経て、アイデンティティー迷子のモラトリアムも経験した山田が行きついた先はここだったか。ストンと腑に落ちた。
「全裸監督」はシーズン2も決定したし、来年には俳優の佐藤二朗が原作・監督・脚本の映画『はるヲうるひと』の主演も決まっている。舞台はとある島の売春宿、血縁と家族観に翻弄される兄妹の話だ。今後も、業の深さを追求しつつ、虚実皮膜を余すところなく見せてくれるに違いない。
実は、ひそかに「これは山田孝之にしか演じられない」と思い続けている小説がある。沼正三の『家畜人ヤプー』で、瀬部麟一郎役だ。ただ、忌々しき人種差別問題を含む奇譚SF小説なので、実写映像化は厳しい。厳しいが、脳内ではつねに麟一郎=山田孝之である。
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