あの「ドクターマーチン」日本で激売れする理由

パンクの象徴が全若者の象徴に進化した

そして、第3の理由は、ファッション性の高いブランドとのコラボレーションによる、ブランドイメージの向上だ。とくにイギリス本社が重視しているのが、世界的な知名度とエッジを兼ね備えた日本のブランドとの協業。

コム デ ギャルソン、ヨウジヤマモト、アンダーカバーなどのコレクションブランド、アベイシングエイプ、ネイバーフッドなどのストリート系ブランドをはじめ、アメカジのイメージが強いエンジニアド ガーメンツや、セレクトショップのビームスやユナイテッドアローズともコラボレーションを行っている。

こうした幅広いテイストのエッジの利いたブランドやショップとの協業は、ドクターマーチンのイメージをこれまで以上にクールな位置に押し上げた、と言えるだろう。

意外と知らないドクターマーチンの歴史

ここ数年は飛躍的な業績成長を果たしているドクターマーチンだが、一時期は深刻な経営不振に陥っていた。それがなぜここまで「復活」できたのか。それを知るには、同社の歴史を振り返る必要がある。

ドクターマーチンの礎となったのは、1901年にイギリス・ノーザンプトンに誕生したグリッグス家による靴製造工場。同社は耐久性のあるワークブーツを作るメーカーとして知られていた。

しかし、ドクターマーチンの最大の特徴である「エアクッションソール」を開発したのは、グリッグス家ではなくドイツ・ミュンヘンで兵役に従事していたクラウス・マルテンス博士だった。クラウスは旧友と、軍事用品を原材料とした靴の生産を1947年に始め、すぐにビジネスは軌道に乗った。

イギリス・コブスレーン工場で、昔ながらの製法で作られているオリジナルのコレクション。通常モデルの約倍の価格だが、オリジナルにこだわるユーザーはこちらを選ぶ(筆者撮影)

海外へ販路の拡大を模索していた2人は、靴業界の雑誌にエアクッションソールの広告を掲載。それを見たグリッグス家3代目のビルが興味を示し、いくつかの変更を加えたうえで特許を取得。1960年8ホールブーツを発売した。

ドクターマーチンは、イギリスの伝統的なワークブーツと、ドイツの斬新なアイデアを掛け合わせた靴として誕生したのである。

この履き心地がよく耐久性が高い靴に最初に飛びついたのは、労働者階級の男たちだ。工場労働者、警察官、郵便配達員らにとって、この2ポンド(現在の約40ポンド)の頑丈なブーツは大切な相棒になり、いつしかイギリスの労働者階級を象徴する存在になった。

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