あの「ドクターマーチン」日本で激売れする理由 パンクの象徴が全若者の象徴に進化した

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それをファッションに転化させたのは、1960年代後半に登場した若者カルチャー、スキンズの集団。坊主頭と短かめにはいたジーンズともに、8ホールブーツを労働者階級の証しとして選択したのだ。

1970年代に入るとドクターマーチンはイギリスの若者カルチャーを象徴するアイテムとして爆発的にヒットする。そして、彼らに憧れた日本のミュージシャンや若者がこぞって履くようになり、1980年代に入ると日本でもロックな靴として不動の地位を獲得するのだ。

1990年代も音楽のイメージは不変で、グランジやフェスの盛り上がりとともに、ミュージシャンと音楽ファンに愛され続けた。しかし、2000年代に入ると暗雲がたれこめる。主要市場だったアメリカの売り上げが急速に落ち込んだのだ。倒産の危機に瀕した後、2003年に1つの工場を除いてイギリスの工場を閉鎖し、生産拠点を中国とタイへ移転した。

今後の課題はECの拡大

同時にファッションブランドとのコラボレーションを積極的に行うことで、ファッションのイメージを強める戦略を推進。業績を回復させた同社は、2007年にイギリスのコブスレーン工場で、昔ながらのハンドメイド製法にのっとった「MADE IN ENGLAND」の製作を再開。2013年に投資ファンドのペルミラ社と提携してからは、毎年2ケタ増の勢いで事業を拡大させている。

2019年春夏のサンダルコレクションのお披露目イベントには、インスタグラムで多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーが多数来場した(写真:ドクターマーチン提供)

今後の課題は、ECの比率を伸ばすこと。「現在は本国と同じプラットフォームを使っており、支払いのゲートが限られていて、ユーザーにとって使いづらい状況がある。今年中にECを改良し、まずは10%まで伸ばし、5年以内に20%まで持っていきたい。現在の店舗数はフランチャイズを含めて約50店舗だが、あと2~3割は伸ばせると思っている」と、田村社長は意気込む。

イギリスのユースカルチャーの象徴から、あらゆるカルチャーの象徴に進化したドクターマーチン。ロックなファッションが似合わないメタボ体型の筆者も、今秋に発売予定の某日本のブランドとのコラボレーションモデルを購入しようと思っている。

増田 海治郎 ファッションジャーナリスト

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ますだ かいじろう / Kaijiro Masuda

1972年埼玉県出身。神奈川大学卒業後、出版社、繊維業界紙などを経て、2013年にフリーランスのファッションジャーナリストとして独立。『GQ JAPAN』『MEN'S Precious』『LAST』『SWAG HOMMES』「毎日新聞」「FASHIONSNAP.COM」などに定期的に寄稿。年2回の海外メンズコレクション、東京コレクションの取材を欠かさず行っており、年間のファッションショーの取材本数は約250本。メンズとウィメンズの両方に精通しており、モード、クラシコ・イタリア、ストリート、アメカジ、古着までをカバーする守備範囲の広さは業界でも随一。仕事でもプライベートでも洋服に囲まれた毎日を送っている。著書に『『渋カジが、わたしを作った。』

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