トランプ「日米安保破棄」発言の真意は何か 安保破棄で「財政危機」「核武装論」が浮上する

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ここでトランプ大統領が「日米安保条約破棄」を示唆したのであるから、それが現実になった場合、何が起きるのか考えてみよう。

旧日米安保条約は1951年9月に、サンフランシスコ講和条約と同じ日に調印されている。その内容には、外国の干渉などによって日本に大規模な内乱が起きた場合、日本が要請すればアメリカ軍が鎮圧することが書かれた「内乱条項」など、一方的で不平等な内容が多かった。

数年間の改定交渉を経て1960年1月に調印された新安保条約は、日本中で反対運動が展開される中、自然成立の形で批准され、今日に至っている。そこにはいずれか一方の国が条約終了の意思を通告すれば、「1年で終了する」と書かれている。

安保見直しにはアメリカ国防、国務両省も反対

日米安保条約が終了すれば、まずアメリカ軍が日本に駐留する根拠がなくなる。したがって陸海空、海兵隊のすべてのアメリカ軍が日本から出ていく。その結果、日本の周辺国に対する抑止力は著しく低下することになる。

またアメリカ軍と自衛隊の共同訓練、情報収集や情報交換などもストップする。その結果、日本は自力で情報収集をすることになり、周辺国の軍隊に関する情報は激減する。自衛隊そのものの力も低下するだろう。一方で中国やロシア、北朝鮮の軍事的圧力が格段に高まる。国内では防衛力強化や自主防衛論が高まり、防衛費の大幅な増額は避けられない。それが財政危機を加速する可能性も出てくる。さらに、いわゆるアメリカ軍による「核の傘」もなくなることから、国内から核武装論も出てくるかもしれない。

しかし、日米安保条約破棄で困るのは日本だけではない。アメリカ軍にとって在日米軍基地は貴重な戦略的資産である。外国にこれだけ多くの自由に使うことが可能な基地を持っていることは、アメリカ軍を世界中に展開するうえで大きな意味を持っている。したがって、仮にトランプ大統領が本気で日米安保の見直しなどを提起すれば、国防省も国務省も強硬に反対するであろう。

とはいえトランプ大統領の今回の一連の発言が、アメリカの変化を示していることは明らかだ。「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と言って、世界中を驚かせたのはオバマ大統領だった。そしてトランプ大統領はさらに進んで「各国は自分のことは自分で守れ」「アメリカに頼むなら応分の負担をしろ」と言っている。トランプ大統領の自国中心主義が、じわじわと日本外交の基軸である「日米同盟関係」に及び始めたのかもしれない。

今回、トランプ大統領発言によって明らかになったのは、トランプ大統領は日本が期待しているほどには日米関係の本質を理解していないこと。そして、安倍首相が苦労して積み重ねてきたトランプ大統領との親しい関係が表層的なものでしかないということだ。大相撲見学やゴルフと至れり尽くせりのおもてなし外交の結果、世界で最も親密な関係を作ったはずのトランプ大統領は、想像以上にドライな人物のようだ。

日本にとって日米同盟関係は「外交の基軸」であり続けるだろう。それを守るために安倍首相は、トランプ大統領を相手にするときは今まで以上に「腫れ物に触るような外交」を強いられそうだ。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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