「一つの中国」は歴代為政者が夢見た幻想共同体 「香港暴動」は長い中国の歴史を象徴している

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あるいは香港とマカオには、「一国二制度」を導入しています。これはもともと台湾との統一を前提として構想したものですが、その前にイギリスから返還された香港で導入されました。

ところが、不十分な「民主化」とそれに反発する住民との衝突など、やはり矛盾が噴出しています。2014年に起きた「雨傘革命」と呼ばれる大規模な暴動は、まだ記憶に新しいところです。

そして先日、香港で身柄を拘束した容疑者の中国本土への移送を可能にする「逃亡犯条例」改正に対して、大規模な抗議デモが起こりました。香港の司法独立がいよいよ侵食されると批判したものです。主催者発表で200万人に達したといいますから、5年前の「雨傘革命」とはケタ違いの規模になります。香港政庁は事実上の法案撤回を余儀なくされました。

「一国二制度」という言葉の矛盾

そもそも「一国二制度」というものを制定、維持する必要に迫られること自体、表向きは「一つの」国家だが現実は違う、ということを自ら表明しているようなものです。しかも国民国家の場合は、政府権力が機能していることを内外にアピールする必要があるため、統制の圧力は強いままです。このあたりの齟齬(そご)が人々の不満に転化し、大暴動につながったのでしょう。

香港の事例は今の中国の問題であると同時に、多元的で地域ごとに習俗・慣行がまったく違うため、統治の仕方も異なっていたという中国の歴史を反映しています。そうした歴史的な多元性を国民国家というパッケージで「一つ」にまとめることができるのか。「革命」が始動してから今なお抱え続けている中国の大きな課題なのです。

当然ながら、台湾も「一国二制度」には注意を払い、警戒しています。大陸が敵視し、経済の低迷を招いている現在の蔡英文政権を生み出した原動力でもあります。そして最近の香港のデモで、支持の低迷していた蔡英文が復活する見通しになってきました。

中国の社会構造の複雑さは、経済体制を見るだけでも明らかです。国家としては共産党による一党独裁を堅持しながら、経済は鄧小平の時代から市場経済を志向しています。

かつて毛沢東は、上から下まですべて社会主義・計画経済で運営し、名実ともに「一つの中国」を実現しようとしましたが、大失敗に終わりました。そこで政治的な一体性を保ちながらも、民間社会における多元性の存在と作用を認めることにして、「社会主義市場経済」という体制を導入したわけです。

その結果、中国は急速な経済成長を遂げました。しかし、さまざまなきしみも生じています。まして経済が減速傾向にある昨今、いかに軟着陸させるかは、習近平政権にとって喫緊の課題だと思います。

ここでも共通する問題は、歴史的な多元性と「一つの中国」との相克です。現実とイデオロギーのギャップと言い換えることもできるでしょう。その乖離はきわめて大きいのですが、それは今に始まった話ではありません。歴史的経緯を考えるなら、そもそも相克せざるをえない構造になっているのです。

逆にいうと、歴史をみなければ今の中国が置かれている立場と境遇はわからないということでもあります。

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