介護は深刻な人材不足なので、准看護師有資格者ならば時給1500~1800円くらいが妥当な賃金だ。彼女は介護施設や病院をいくら回っても採用されず、その悪質事業所で働くしか選択肢がなかった。
「転職が多すぎるとか、人は足りないけどあなたはいらないとか。そんなのばかり。だから、ブラックなところで働くしかなかった。働き続けないと家賃4万5000円が払えなくなって、ホームレスになってしまいます。だから、どんなひどい条件でも働くしかありません」
人見知りな性格らしいが、話しているうちにだんだんと表情の硬さが和らぎ、うつむいていた目線が上がっていった。彼女はさまざまな不遇に不遇が重なって、家族や友人の助けもなく、長年にわたって貧困に陥っている女性のようだ。
給料はいつも12万~14万円程度
3月まで働いていた介護事業所は、給与明細がなかったという。労働条件や給与を口頭で聞いていく。
先月は時給900円で270時間働いた。タイムカードはなく、手書きで労働時間を提出している。自分で簡単に計算すると、額面給与は24万3000円。15日〆で25日に現金だけが入った茶封筒を渡される。封筒にあるお金はいつも12万~14万円程度で、額面から10万近く減っている。経営者からは「社会保険料と税金を引いているから」と説明されていた。
漠然とおかしいとは思っていたが、具体的に何が違法なのか理解していなかった。彼女の知識は雇用半年間で有給休暇が発生することだけで、残業や休日出勤の割増賃金や東京都の最低賃金のことは知らなかった。准看護師として月270時間の労働をしながら、生活保護の最低生活費水準の収入で暮らしていた。
法律やコンプライアンスを知らない介護職に違法労働をさせたり、正当な賃金を支払わないのは、あちこちの介護事業所で行われている。労働基準法違反は介護保険事業の取り消し要件であり、証拠をそろえて請求すれば架空の社会保険料や未払いの割増賃金などは返ってくるはずだ。あまりにもひどいので泣き寝入りではなく、労働基準監督署にでも労働組合にでも相談したほうがいいことは伝えた。
「20回も転職した理由は、ぜんぶイジメ。あることないこと言われて解雇になったり、仕事ができないって怒鳴り散らされたり、生意気だとか。ずっとそんな感じ。普通に平穏に働けた経験は、一度もありません」
「恋人は当然、友達もほとんどいないです。私なんかの話を聞いてくれて、本当にありがとうございます」
しばらく過酷な違法労働の話を聞いていると、そんなことを言い出した。自虐や謙遜ではなく、本当に話を聞いているわれわれにお礼を言っているようだった。どうも彼女は貧困だけでなく、ずっと孤独な生活を送っているようだ。筆者が「なんでも聞くから、どんどん話してください」と伝えると、少しだけ笑顔になり、地元と家族の話が始まった。
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