「ある町の高い煙突」はCSRの原点伝える物語だ 実話を題材にした新田次郎の小説を映画化

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三郎は、鉱山に近い入四間村の代表として、日立鉱山との交渉にあたることになる。日立鉱山の窓口を担当する加屋淳平(日立鉱山初代庶務課長・角弥太郎がモデル)は誠実な人物であり、社長の木原吉之助(実業家の久原房之助がモデル)も地元住民の幸福を理想とする人格者だったため、金銭や作物による手厚い補償を行う。しかし、煙害の根本的な解決には至らない。村民たちの不安や怒りが高まる中、相反する立場を越えて友情で結ばれた関根と加屋は、ある打開策を見つける──。

仲代達矢ら実力派俳優が出演。主人公・関根三郎役の井手麻渡も仲代達矢が主宰する無名塾の一員だ ©2019 Kムーブ

主人公・関根三郎には、俳優・仲代達矢主宰の無名塾の舞台を中心に活躍し、映画『抱きしめたい』などにも出演する井手麻渡。そして、企業・日立鉱山側の交渉役として、三郎と熱い友情を育むこととなる加屋淳平に渡辺大。その他、仲代達矢、吉川晃司、小島梨里杏、伊嵜充則、螢雪次朗、小林綾子、石井正則、大和田伸也、六平直政、渡辺裕之、斎藤洋介ら実力派俳優が勢ぞろいしている。

監督は、東日本大震災の復興支援映画として完成させた『天心』や、おびただしい若者達の命を奪った小型特攻機「桜花」を題材に描いた『サクラ花─桜花最期の特攻─』などで高く評価される松村克弥が務めている。度重なる煙害に農民たちが蜂起した足尾銅山のような悲劇を、なぜこの日立鉱山では克服することができたのか、実話をベースにその問いかけに応える骨太の人間ドラマとなる。

環境問題解決に必要なことは何かを示唆

日本が近代化を推し進め、欧米列強に追いつけ追い越せと意気込んでいた時代、産業の発達の陰で公害が問題となった。国策として富国強兵が奨励されたこの時代においては、生産性が第一。環境問題は「大事の前の小事」と軽んじられていた。

企業側も、煙害に苦しむ地域住民の声には耳を傾けず、その代わり金銭で解決するという場当たり的な対処でお茶を濁そうとしていた。さらに煙害がひどくなった場合は、金銭的な補償を提示し離村を促すこともあった。

この100年前の物語が現代にも通じるように感じられる。戦後の公害・環境破壊の歴史を振り返っても、水俣病や四日市ぜんそくなど、企業の経済活動が、地域住民の生活を脅かし、両者が対立するケースが幾度となくあったからだ。

日立鉱山を経営する久原房之助(映画では木原吉之助)が金銭的解決に限界を感じ、住民と対話を図ろうと試みる ©2019 Kムーブ

だが、今回の映画のモチーフとなった「日立鉱山の鉱害問題」が特殊なのは、日立鉱山を経営する久原房之助(映画では木原吉之助)たちが金銭的解決に限界を感じ、住民と対話を図ろうとしていたという点にある。

株主などから「そんなことをしている場合か」と圧力を受けても、「金銭で補償すれば煙害問題は事足りると考えたことは一度もない。公正な補償の結果、会社がつぶれても構わない。地元を泣かせて何のための経営か」と喝破する久原氏の姿は、CSR(企業の社会的責任)の原点がここにあったことを思い起こさせてくれる。その思想は今にも通用するものがあり、非常に現代的である。

そして、現在も日立市のシンボルとして親しまれる、大煙突の建設が始まる。環境問題解決のための一大プロジェクトだった。かつて公害に苦しめられていた鉱山の周辺地域も、今や豊かな自然環境を取り戻している。春になれば市花であるサクラが咲き誇る。地球規模で環境問題の解決が叫ばれる今、企業と地域住民が”対立”ではなく、”歩み寄ろう”と努力するさまを描いた本作の考え方には非常に興味深いものがある。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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