「ハンバーグに卵入れない」斬新レシピ本の中身 定番料理の作り方覆す「新しい料理の教科書」

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樋口氏に寄せられた感想から、今は普通の男性が普通に料理する時代が始まったばかり、ということがうかがえる。男性が料理するようになった背景には3つの変化が考えられる。

1つは1990年代後半以降、テレビで料理する男性が増えたことだろう。堺正章の「チューボーですよ!」や、「SMAP×SMAP」など、人気男性タレントが料理するテレビ番組やCMが登場。料理番組に出る2世、3世の男性料理家も多くなった。

2つ目には、家庭科共修世代の層が厚くなったことがある。1993年に中学校で、1994年に高校で家庭科が男女共修となっている。先頭世代はそろそろ40歳になる。昭和の時代は男性が働いて稼ぎ、女性は仕事をしている、いないにかかわらず、家事と育児を担うスタイルが広がった。「男子厨房に入らず」などと言われ、料理に興味があっても恥ずかしくて実行できない男性も少なくなかった。しかし、平成になって起きた変化で、男性たちの料理に対する抵抗感が薄れた。

家庭料理の世界は「女性社会」

3つ目の理由は切実で、シングルや共働きが珍しくなくなったことだ。以前、料理教室を開く全国組織、ベターホーム協会に取材をしたことがある。そこで、家庭科の授業で栄養バランスの大切さを学んだせいか、外食中心では栄養のバランスが悪くなる、と料理を学びに来る若い男性が多いと聞いた。

「料理男子」「弁当男子」と、料理する男性を持ち上げるフレーズが流行したのが10年ほど前。平成も終わろうとする今、若い世代は自分が健康的に暮らすため、あるいは仕事を持つ妻、子育てで忙しい妻と一緒に家庭を回していくため、料理を引き受けようと考える人が増えているのだ。

しかし、家庭料理の世界は女性社会だ。レシピの発信に関わる人も女性が中心。女性発想の世界で、もしかすると足りなかったのが、男性が知りたい「なぜ」に答えてくれるレシピだったのかもしれない。樋口氏のレシピ本は、作り方の根拠を知れば安心して料理できる、と発想する男性にとっては、助け舟なのではないだろうか。

冒頭、レシピの世界が大きな変革期を迎えていると書いたが、それはライフスタイルが変わり、慣習として受け継がれてきた古い技術では現実に対応できない、と感じる女性が増えたからだけではないだろう。女性社会で「当たり前」「そういうものだから」と見逃されてきたことを、男性たちが新規参入者ならではの発想を持ち込んで生まれた流れなのかもしれない。

同質社会が長く続くと新しい発想も生まれず、停滞しやすくなる。しかし、異なる属性の人が入ってくると、新しい発想が登場し、その社会は活性化される。男性たちの参入により、新しいやり方の料理がどんどん生まれると、もしかすると衰退が危惧されている家庭料理が再び活発に作られるようになっていくのかもしれない。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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