落語家・瀧川鯉昇がひたすら紡ぐ世界観の魅力 「伝説の師匠」仕込みの独特の噺に迫る

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

小柳枝が廃業して落語界の孤児となった鯉昇(当時柳若)は、小柳枝の兄弟子だった5代目春風亭柳昇の門下となる。

柳昇は、寄席の爆笑王として知られた新作派の大師匠。フジテレビ「お笑いタッグマッチ」の司会などで、お茶の間の人気者でもあった。

「『見た目なんてどうでもいいんだよ』というのが小柳枝。

ところが、柳昇という師匠はそうじゃなくて、『人間は見た目だから。だから、少なくとも俺のお供で来るときはネクタイをしてくれ』って言われて。『ネクタイ黒いのしかないので、いいですか?』って言ったら、しょうがねえなって(笑)」

関係系図。取材をもとに筆者作成

何事にも前向きで、几帳面。弟弟子の小柳枝とは対照的な柳昇門で、鯉昇は「芸人として生きていく術」を学んだといえるだろう。

新作派の柳昇から手ほどきを受けた噺は少ないが、鯉昇は他の一門、他協会の先輩、師匠にも貪欲に芸を学び、芸境を広げていく。

1983年にはNHK新人落語コンクール 最優秀賞を受賞。

1985年に国立演芸場花形若手落語会金賞、1996年に51回文化庁芸術祭優秀賞。実力派若手として頭角を現した。芸名も春風亭愛橋、春風亭鯉昇を経て、2005年に瀧川鯉昇と改めた。

そばにココナッツ、長屋噺に「鉄でできたほうき」

瀧川鯉昇は、古典落語の正統派の噺家だ。しかし、その古典落語に、とんでもない「異物」を混入させて改変し、聴衆の度肝を抜くことで知られる。歌舞伎で言えば「入れ事」に相当する独自の演出だ。

例えば有名な「時そば」が「そば処ベートーベン」になったりする。

ココナッツもエキスパンダーも鯉昇の手にかかれば古典落語になる(写真:株式会社音映システム提供)

「あれは、立川談志師匠が言っていたんです。東宝名人会の帰りに、前座も来るか、みたいになってお酒をごちそうになって『落語なんか何でもありなんだよ。

ハワイの『時そばはココナッツー!』って言って酔っ払っちゃうんですよ。

『それ師匠やっていいですか?』って言ったら、『よせよ、お前バカやろう』って。それがずっと頭にあって談志師匠が亡くなってからやるようになったんです。談志師匠は『改悪』でもいいから、どんどんやれと言っていました」

これも古典落語の定番「粗忽の釘」。この噺は、長屋に越してきたおかみさんが亭主に「ほうきを掛けたいから柱に釘を打っておくれ」というのが発端だが、鯉昇はほうきを「巨大なロザリオ」や「エキスパンダー」に変えてしまう。

「『ロザリオ』でやっていたときに、放送局から放送禁止ではないけど『クレーマーがこのへんに食いつくかもしれないので、元の形でやってくれませんか?』って言うから。元の形じゃ面白くないので『鉄でできたほうき』でやったことがあります。

『これがなんでうちにあるんだ?』『身も心もきれいにするように、銀のほうきがうちの代々の家宝だったが、おじいさんが引っ越しのときに泉にこれを落としたら、中から女神が出てほうきをいっぱい持って出てきて、お前が落としたのはこの銀のほうきか? それとも金のほうきか? これはプラチナにダイヤがちりばめてある。どのほうきだ?』って。『あ、それ3本とも落としました』『大ウソつき』となって『お前には鉄のほうきで十分だ』って。で、『戒めのために今うちは鉄のほうきがあるんだよ』って設定にして。お客はポカンとしていた(笑)」

なんでもありである。鯉昇の落語は、何が飛び出してくるかわからないスリルがあるのだ。

次ページ古典の話芸が高いレベルで確立されている鯉昇
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事