「追い出し部屋」で40代女性が見た異様な光景 社員の「自主退職」を促す会社のズル賢さ

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その背景には、この部署特有の事情もあると考えられる。心を病んで休職していた社員ばかりであり、復職したからといって100%能力を発揮できるわけではない。だから、仕事量の面で配慮してほしいと要求するのは当然かもしれない。もっとも、配慮を要求された側も、同じように心を病んで休職していた社員であり、自分に与えられた分以上の仕事をこなす余裕はないはずだ。

しかも、与えられる仕事のほとんどが肉体労働というのも大きいようだ。この部署に集められた社員の多くは、もともと事務仕事に従事していた。私の外来を受診した女性もそうだったので、この部署で重い段ボール箱やマネキンなどを運ぶように命じられたときは、「なぜこんな仕事をさせられるのか」と当惑したという。

何よりもこたえたのは、単純作業の繰り返しだった。この女性は、20年以上百貨店に勤務し、事務仕事を几帳面にこなしてきた。だから、事務仕事に関しては知識も技術もあるというプライドがあった。ところが、これまでやってきた仕事とはまったく関係のない肉体労働をやらされ、プライドがズタズタに傷ついた。そのうえ、毎日のように言い争いがあるので、疲れ果ててしまった。

追い打ちをかけるように、慣れない肉体労働のせいで腰痛にも悩まされるようになり、ほとほと嫌気がさしている。「事務仕事に戻してほしい」という希望を人事部に伝えたものの、「同じように希望して待っている人が多いので、いつになるかわからない」という答えが返ってきた。そのため、憂鬱な日々を送っており、最近はさすがに転職を考え始めたが、年齢的なこともあって現在の職場と同水準の収入を得られる仕事は見つかりそうにない。

この部署は「追い出し部屋」なのか?

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もしかしたら、この部署はいわゆる「追い出し部屋」なのかもしれない。心の病で休職していた社員ばかりを集めて、「リハビリのため」という名目で肉体労働をさせるのは、それぞれの社員が嫌になって自分から辞めると言い出すのを待つ作戦なのではないか。この部署で社員が互いに攻撃し合うことも見越したうえで、その退職促進効果に期待しているのではないかとさえ疑いたくなる。

もちろん、この部署が「追い出し部屋」であることを百貨店側は決して認めないはずだ。おそらく、「心の病で休職していた社員の職場復帰ができるだけスムーズにいくように、一カ所に集めて精神的負担の少ない仕事をさせている」といった答えが返ってくるだろう。

もっとも、精神的負担が少ないどころか、実際には言い争いで疲れ果て、プライドも傷ついて、精神的に参っているのがこの部署の社員の現状である。

片田 珠美 精神科医

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かただ たまみ / Tamami Katada

広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。2003年度~2016年度、京都大学非常勤講師。臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。著書に『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)、『賢く「言い返す」技術』(三笠書房)、『他人をコントロールせずにはいられない人』(朝日新書)など多数。

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