アメリカ経済は日本が目指すべき手本なのか 「高い成長率」と「雇用の安定」はトレードオフ

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経済状況が悪化して所得や資産価格が全般に大きく落ち込むと、高額所得者や資産家は、被る損失額は大きいが、ひどく生活に困るというわけではない。損失は一時的なものにとどまる。落ち込み幅が小さいが長期間不況が続くよりは、経済が短期的に大きく落ち込んでも早く回復するほうが望ましいと考えるだろう。

しかし、もともと所得水準が低い人たちや、資産の厚みが薄い人たちは、資産を取り崩したり借り入れを行ったりして所得の大きな落ち込みに対処することが難しい。仮に借り入れができても、金利が非常に高くて、返済は大きな負担になってしまう。落ち込みが大きければ、短期的であっても、失業したりして、非常に困ることになるだろう。こうした人たちにとっては、たとえ日本経済の低迷が長期化して損失の総額が大きくなるとしても、一時的な所得の減少が限定的なほうがマシだ。

日本社会全体の所得水準や生活水準が一律に1%低下しても生活が大きな影響を受けるわけではないが、この影響が人口の1%の人たちに集中して所得がゼロになるとすれば、この不運な人たちの生活は壊滅的な打撃を受ける。失業という形で一部の人たちの生活が大きな影響を受けるよりは、社会全体が若干のGDP水準の低下という形で負担を分担する方が望ましいのではないだろうか。失業給付や生活保護という仕組みはあるものの、これらは最後の命綱であって、仕事を失った人たちの子どもの未来に影響する教育などを十分にカバーできるわけではない。

アメリカに追いつくために雇用制度も変えるのか

日本の1人当たりGDPの伸びがアメリカより低くなっている背景には、日本の人口構造が急速に高齢化していることもある。高齢化が進むことで若年労働力人口が減少しており、労働力不足を補うために、高齢者やこれまで子育てのために働くことが難しかった人たちが働くようになっている。短時間労働や出社日数の少ない高齢の労働者が増えていくことは避けられず、就業者数がある程度確保できても、労働時間や労働の質を考慮した労働投入量の伸びが米国をかなり下回ることは避けられない。

日本の1人当たりGDPの伸びをアメリカ並みにするには、米国を上回る生産性の上昇を実現する必要があるが、それは容易なことではない。研究開発投資や教育への支出や、それに関連する制度の改善などは必須だが、それだけでは足りない。雇用制度の変更やこれまでよりも大きな景気変動を許容することも方策の一つとなってくる。筆者にはアメリカのように大きく失業率が上昇する社会が理想的とは思えないので、日本経済をどう変えていくべきかは、慎重な検討が必要だと考えている。

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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