滞納分と強制執行にかかる費用は負担する、それを担保するために、書面を交わす、その代わり玲子さんを被告から外す。宏さんの要望はそういった内容でした。
連帯保証人としての責任を果たしていただけるのであれば、特に異論はありませんから、こちらがそれを了承すると、宏さんの態度は急に柔らかくなりました。
「これ以上関わるつもりはありません」
身内の話でお恥ずかしい限りですが、和夫が道を踏み外した原因は酒だと思います。自分で制御できないくらいに、飲んでしまうようなんです。会社でも同僚たちと行っては、つぶれるほど飲んでしまう。だからそのうち同期の中でも、浮いた存在になったようです。
大手企業に勤めているわけですから、それなりの収入はあったはずなんですが、それも全部酒に使っていたようです。それで足りないお金をねだられると、義母は何度も送っていたそうなんですよ。実は今回のことがあるまで、僕たち夫婦も、そんなことはまったく知らなかったので、聞いてびっくりしましたよ。
それでもうお金は送らないようにって、玲子も僕も強く義母に言ったんです。きりがないし、余計に甘えるからって。
でも、義母がもうお金は出せないという話をすると、怒った和夫は「金よこせ」って言い放ったそうなんです。お金を無心することはあっても、それまではそんな言い方をしたことはなかったと義母は嘆いていましたよ。それでさすがに義母も気持ちに踏ん切りがついたようですが、そうすると、毎晩のように義母に電話してくるようになったんです。それで、僕が会いに行ったというわけなんです。
もう家族で「本人が改心するまでは、手を出さない」って決めたんです。だから、今回の連帯保証人としての責任はきちんと負いますが、それ以降は関わるつもりはありません。
和夫さんは裁判の期日にも姿を見せませんでした。
その後、役所から連絡があり、強制執行の手続きで退去させられる直前に、和夫さんは生活保護の費用で転居されたことを知りました。結局、私も最後まで和夫さんに会うことはできなかったのです。
誰もが羨むような大手建設会社に勤務。なぜ和夫さんは、お酒に溺れることになったのでしょう。お金の力を借りて、何かから逃げるためだったのでしょうか。
もし母親が金銭的援助を一度もしなかったら、和夫さんはどこかで踏みとどまったのでしょうか。
一級建築士という立派な国家資格を持っている人を「家賃滞納」にまで追い詰めてしまう。やはり、飲み方次第で「お酒」は魔物になってしまうということなのでしょうか。
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おおたがき あやこ / Ayako Ootagaki
専業主婦だった30歳のときに、乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。これまで延べ3000件近くの家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」や、おひとりさま・高齢者に向けて「終活」に関する講演も行い、会場は立ち見が出るほどの人気講師でもある。著書に『老後に住める家がない!─明日は我が身の〝漂流老人〟問題』(ポプラ新書)、『あなたが独りで倒れて困ること30─1億「総おひとりさま時代」を生き抜くヒント』(ポプラ社)などがある。
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