新潟の秘境で「1泊3万円」でも超人気な宿の秘密 3億円超を投じ廃業寸前の旅館を再生させた
買収が完了してフタを開けてみると、想像以上に手を加える必要があることがわかった。配管の破れや水漏れ、すき間だらけの建物への断熱、上下階の振動や防音を抑える工事など、買収費用やリノベーションにかかる予算は当初1億円。それが工事を進める中で、みるみるうちに3億円超まで膨れ上がった。
計画外の出費に、一時は融資を引き受けていた銀行も「どう考えても事業は失敗する。融資をすべて引き揚げたい」というハプニングまであった。県内の旅館の客単価や稼働率のデータから、事業性を疑問視したのだ。
それでも、地域の魅力を体感できる施設に仕立て上げれば、絶対にいけるという確固たる自信があった。「食べ物はおいしいし、古民家もあるし、露天風呂からの景色もすばらしい。ここで旅館を開けば、絶対に軌道に乗るはずだと思った」(岩佐氏)。
ライフスタイルを提案する
頭に描いていたのは、泊まるだけの旅館というよりも、里山のライフスタイルを提案するショールームだった。重厚な扉を抜けてロビーに足を踏み入れたときから、一挙手一投足で「こういう暮らしもいいものだ」と感じられる雰囲気づくりを徹底した。
古民家の建て直しではなく手間のかかるリノベーションを選んだのも、築古の古民家が持つ雰囲気を大事にしたからだ。薪ストーブのそばに腰かけてコーヒーをすすったり、テラスで星空を眺めたりと、里山ならではのゆったりとしたライフスタイルのすばらしさを提示する施設を目指した。食器やいす、寝具に至るまでデザイン性にこだわり、気に入れば購入することも可能だ。
とりわけ、ほかの旅館と一線を画するのが食事だ。訪れた日の夜はコース料理の1品目が「根菜を煮ただし汁」。味付けはいっさいなし、根菜からにじみ出た甘みだけの直球勝負だ。次に運ばれてきたのは干し柿。和菓子と錯覚するほどの甘さだが、むろん甘味料は不使用。柿の甘さだけでここまで表現できる、と言わんばかりの一品だ。
その後は山で採れたキノコや塩蔵・天日干しした山菜、そして目の前の土鍋で炊く魚沼産コシヒカリなどが運ばれてくる。机の上に調味料はいっさいなく、そのままの味を楽しんでもらうスタイルだ。コースのほとんどは野菜料理なのが奏功し、海外で増える厳格な菜食主義者「ヴィーガン」にも好まれるなど、意外なニーズも捉えている。
出版社である自遊人にとって、里山十帖は雑誌と同じ「メディア」だという。文字や写真ではなく、実際に触れたり、食べたり、雰囲気を感じたりすることで里山を疑似体験させる点では、よりリアルなメディアだと位置づける。ホテルの口コミサイトには「何もしないことのぜいたく」を堪能したという声が並ぶ。
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