「ボヘミアン・ラプソディ」監督セクハラの余波 フレディ役マレックのアカデミー賞は確実か

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シンガーの素行の悪さは公開前からこの作品にくっついて回ってきている。今作は作品としての出来でも評価が大きく分かれるが、アカデミー賞の作品賞を狙ううえで、もちろんそれはネガティブな要素だ。

賞の授与者である映画芸術科学アカデミーが採用している作品部門の投票方法は、投票者が1位から最下位まで順番をつけ、「1位」票が最も少ないものを外すという作業を繰り返すというもの。単純に作品が嫌いなのであれ、監督に嫌悪感があるのであれ、反感をもたれる要素がある同作は不利である。

さらに過去の事例を見るかぎり、作品賞を取るためには監督部門への候補入りが必須だ。監督部門に食い込まずして作品賞を取った例は、過去90年に4回しかない。監督部門ノミネーションに投票するのは監督として同アカデミーに所属する人たち。映画を完成させてもいないのにクレジットだけはもらったシンガーを当然のことながら、この人たちは候補入りさせていない。

「The Atlantic」の記事が出る前から、状況はそんな感じだった。だから、あの記事がシンガーの悪行を再び生々しく思い出させたとしても、8本ある作品賞候補作の順位に及ぼす影響は、微々たるものといえる。

フレディ演じたラミ・マレックに再注目

だが、マレックに関しては違う。彼にとっては、思わぬ追い風になりうるのだ。監督のひどい人格に改めて脚光が当てられるなか、そんな人と現場でぶつかりつつも、あれだけ立派な演技をやってみせたことに対して、さらなる支持が集まることは十分考えられる。

特に、現場を経験している人は、共感と同情をおぼえやすい。実際、俳優が俳優仲間に対して投票する1月27日の全米映画俳優組合賞(SAG)で、マレックは、それまでずっと筆頭候補と考えられてきたクリスチャン・ベールを出し抜き、主演男優賞をサプライズ受賞している。

彼に「同情票が集まる」と言うのは失礼な感じがするので、あの報道の影響もあって「彼の演技が改めて見直されるきっかけが生まれた」と言うことにしよう。言い方はどうあれ、アカデミー賞には、こういった小さな変化が大きく作用する。

「The Atlantic」の記事が出てすぐ、シンガーは「同作が賞レースで注目されているタイミングをわざと狙ったのだ」とする非難の声明を出した。だが、これに怒っているのは彼だけ。プロデューサーも、スタジオも、特に困ってはいない。

だから、ファンも心配する必要はない。シンガーもこんな負け惜しみの声明を出す時間があるのなら、晴れてマレックがアカデミー賞を受賞した日に向けて、今から祝福のメッセージを用意するべきである。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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