あの地方駅が「北アルプスの玄関口」になるまで 塩で栄えた信濃大町、登山客の誘致で脚光

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長野県観光協会よりも規模が小さい大町観光協会(現・大町市観光協会)は、吉田に依頼しなかったが、それでも大町観光協会は独自に鳥瞰図を制作して誘客に努めた。

このときに大町観光協会が制作した鳥瞰図には、観光名所でもある木崎湖や立山のほか、紡績工場やアルミニウム工場なども描かれた。

鳥瞰図にも描かれた紡績工場は、1936年に操業を開始した呉羽紡績(現・東洋紡)の大町工場で、アルミニウム工場は日本電気工業(現・昭和電工)の大町工場だ。どちらの工場も信濃大町駅から専用線が敷設されるほど、大町を代表する工場でもあった。とくに、日本電気工業は北アルプスの麓にある大町だからこそ、大工場を構えた確固たる理由があった。

北アルプスの玄関駅として登山客でにぎわう信濃大町駅だが、北アルプスという大自然は単なる観光資源ではなかったのだ。

水力発電を利用するアルミ工場建設

北アルプスから流れ出る大量の水は、水力発電に利用された。当時は各家庭に電気は普及していない。水力発電所を建設しても、需要はほとんどない。だから、電力は余っていた。

アルミニウムの精錬には大量の電気が必要で、それゆえに大規模なアルミニウム工場が開設できないというジレンマに陥っていた日本電気工業は北アルプスの水に着目。その水を有効利用するべく、大町に巨大工場を建設した。

日本電気工業は1939年に昭和肥料と合併し、新たに昭和電工が発足。合併で会社の規模が大きくなったので、大町工場は1500人が働く大工場となる。そして、大町の基幹産業に成長した。

昭和電工が誕生した1939年、奇しくも改正軍機保護法が施行された。軍機保護法は軍事関連の施設や工場、重要港湾、鉄道の写真撮影、測量、スケッチなどを禁じており、同法の影響で鳥瞰図制作が全面的に禁止される。鳥瞰図制作が不可能になると、観光需要は大幅に減退した。

長野県白馬村、残雪の北アルプスと清流(写真:NY/PIXTA)

観光業でにぎわっていた大町にとっても、改正軍機保護法は大打撃だった。しかし、呉羽紡績と昭和電工が観光業の減収分を補った。長らく大町経済を支えた2工場だったが、1999年に東洋紡大町工場は閉鎖された。昭和電工は、今でも大町経済を支える。

北アルプスからの湧水は工業利用ばかりが目立ったが、近年では飲用水としても注目される。ミネラルウォーター業界の雄でもあるサントリーは、2019年から大町で工場を操業させる。

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