「SAP」がAI企業へと脱皮しつつある背景 「ヒト・モノ・カネ」のデータが圧倒的な強み
――AIに取り組む上で、SAPは他企業とどのように差別化しているのでしょうか?
「たとえばGoogleは検索履歴、Facebookは人とのつながりのデータというように、彼らが持つのはBtoCのデータが多い。
一方、SAPは企業活動の根幹であるヒト・モノ・カネの数値情報を抑えていること。これは他企業と比較したときの大きな強みになっています」
世界中のビジネスにおける取引の、実に77%がSAPのERPを介して発生しているといいます。世界の約8割の取引データがSAPの顧客のERPに眠っているというのは、凄まじいものがあります。
SAPがAIで注力する領域は以下の3つ。ERP内での活用を中心として、広範囲にAI技術が適用されています。
・Machine Learning & Data Science Platform(データサイエンスプラットフォームやAPI提供)
・Conversational Experience(対話型AIソリューション)
「たとえばIntelligent Application領域では、SAPのERPに埋め込む形でAIを活用しています。従来では経理の方が呪文のように複雑なトランザクションコードをERPに入力し、売掛金や請求書などの処理をしていましたが、その作業を効率化します」(松舘氏)
経理業務のひとつに入金消込の処理がありますが、売掛金担当者がやることを細かく分けると以下のようになります。
・支払請求書の金額を確認
・突合
・消込
これを人手でやるのは大きな手間ですが、SAPのERPでは、AIがバックグラウンドでこれらの業務を処理。担当者の負担を減らします。
「国際取引の場合、円建てなのにユーロだったりドルで振り込まれると面倒ですよね。請求書が3枚あるのに、合計金額を一回で振り込まれるのも、請求書との照らし合わせに手間取ります。
AIであればそういったイレギュラーも含め、まとめて処理できるので効率的です」(松舘氏)
請求書と振込金額を照らし合わせ、合致している確度が高ければ自動で消込し、精度は95%〜98%。十分実用に足る精度です。
経理業務の自動化が進めば、経理担当者は、経営層の高度な意思決定サポートのための情報提供、施策の立案といったクリエイティブな業務に取り組めます。
ERP内のAI活用は、ユーザーにとってはかなり魅力的。同時に、既存のルーティン的な業務はますますリプレイスされていく危機感を感じずにはいられません。
デザインシンキングを通してAIを社会に組み込む
――SAPとして、今後は何に注力していくのでしょうか?
「最近ではなんとなくAIを導入してみたいので『とりあえずPoC』という顧客もいらっしゃいます。結果、PoCを繰り返して『PoC貧乏』になってしまう。
SAPはデザインシンキングの啓発にも力を入れていますが、これはAI導入の際も非常に有用な考え方です。デザインシンキングの啓発には今後も注力していきます」(松舘氏)
デザインシンキングとは、デザイナーの思考法を取り入れた、ビジネス課題を解決するための思考法です。SAPでは全社でデザインシンキングを取り入れており、外部にレクチャーも行っているそう。
「また、デザインシンキングに根ざしたスタートアップのインキュベーション施設も三菱地所と共同でオープン予定です。スタートアップとの取り組みは今後も積極的に行っていきたいですね」(松舘氏)
***
今回の取材で認識したのは、SAPの「ヒト・モノ・カネ」のデータ蓄積量は膨大ということ。AIを活用することで、ERPの自動化だけでなくより広範囲に活用ができます。
そしてそれを可能にする、時代に合わせて企業の軸を変えていける企業文化。デザインシンキングを全社で取り入れていることからも、イノベーティブな文化があることが分かります。
2018年11月にはフランスのRPAベンダーを買収するなど、ERPとRPAの連携にも注力し始めているSAP。膨大なビジネスデータでどのようなイノベーションを起こすのか、今後も注目していきます。これからAIを始めようとしている方も、まずは自社のデータをどのように活かせるのか、考えてみてはいかがでしょうか。
(取材・文:高島 圭介)
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