文藝春秋がノンフィクション作品に拘る真意 「冬の時代」だがやり方次第でまだまだ売れる

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――「極夜行」に続くヒットを生み出すために、何か秘策はありますか。

20年前であれば、作った本を書店に送り出せば、それなりに売れてくれました。しかし、今はちがう。本を作るまでが第一の勝負、作ったあとどうやってプロモーションするかが第二の勝負です。第一の勝負は編集の仕事です。しかし第二の勝負は編集だけでなく、営業、宣伝、プロモーションの各部が一丸とならないとヒット作は生まれません。

映画化に際して、映画版のノベライズ「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」(文春文庫)も2018年12月4日に発売。このような展開は同社でも珍しいそう(写真:news Hack by Yahoo!ニュース)

一例をあげます。昨年末に、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』という映画が松竹さんの正月映画として全国330館の映画館で公開されました。原作は、2004年に第35回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した渡辺一史さんの 『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫)です。

この作品は障害者介護を題材とした本格ノンフィクションですが、ともすれば重苦しくなりがちなテーマに、驚くべき取材力と斬新な視点で挑んだ作品です。14年前の作品ですがまったく古びていない。むしろ介護やボランティアに関心のある今の若者のほうが切実に作品とむきあえるかもしれません。

映画では大泉洋さんや高畑充希さんといった人気俳優のキャスティングにより、コミカルな要素を含んだ見事なエンタテインメント作品に仕上げられています。映画をご覧になった人たちが、原作に興味を持ち、さらにノンフィクションの面白さに気づくきっかけとなればと願っていましたが、映画公開前から書店では話題になり売れています。

ノンフィクションの題材が尽きることはない

――最後に、これから数年後のノンフィクション市場を、どう予想されますか。展望をお聞かせください。

冒頭で厳しいと申し上げましたが、実はアメリカをはじめとする英語圏ではそんなことはありません。ノンフィクション作品は活況を呈しています。政治、経済、科学、スポーツ、芸能などあらゆる分野を題材としたベストセラーが生まれています。

世界的ベストセラーになったウォルター・アイザックソンの「スティーブ・ジョブズ」(講談社)、これもノンフィクションです。つい最近日本でも翻訳がでたボブ・ウッドワード「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」(日本経済新聞出版社)もそうですね。ノンフィクションはホットなジャンルなのです。

日本の読者はノンフィクションに対して、いつのまにか食わず嫌いになってしまった。特に若い読者はノンフィクション=難しい、とっつきにくい、と思っている。その点はわれわれノンフィクション出版に携わるものの責任も大きい。

しかし、ノンフィクションが事実にひも付いた分野である以上、人間社会が続くかぎり題材が尽きることはありません。面白い作品を作り出し、それをきちんと読者に届くようにすること。そうすれば本当の「ノンフィクションの時代」がやってくると思います。

(取材・文/友清 哲、編集/ノオト)

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