コカ・コーラの悲劇とは何だったのか
蝋人形のオタマジャクシをかじれ!
そんな命令をされたらどう思うだろう。きっと、多くの人は聞かなかったフリをするのではないだろうか。真に受けてしまった人は怒るかもしれないし、冗談と受け止めた人であれば、その出来の悪さに苦笑を浮かべるだろう。
しかし、かつてこれを消費者に向かって言い放った企業があった。それがなんと、あのコカ・コーラなのである。
いったいどういうことなのかというと、話は非常に単純だ。あるときコカ・コーラは中国進出を考えた。巨大な市場に勇んで打って出たわけだが、供給体制を整えるコトに加え、重要な問題として「売り出し方」がある。
現地に合わせて、商品をどのように出荷するか決める過程で、彼らはコカ・コーラを中国語で新たに名づけた。読み上げると「コカ・コーラ」に近い音になる、「蝌蝌□(口へんに肯)□(虫へんに昔)」。これは、中国語で「蝋人形のオタマジャクシをかじれ!」のような意味になる。
もちろん、「蝌蝌□(口へんに肯)□(虫へんに昔)」は中国で売れなかった。
コカ・コーラが彼らの商品につけた名前は、すでにグロテスクで妙な意味を与えられた言葉だったのだ。当時、これを指摘する者がなかなか出てこなかったため、その間売り上げは低迷したという。
ジェンガはなぜジェンガになったのか?
一方、ジェンガという言葉は今やあのゲームと密接に結び付き、私たちがジェンガという言葉から別のものを思い浮かべることはほとんどない。それは、日本のみならず、世界中の多くの国でも同様で、ジェンガは蝋人形のオタマジャクシ……のような事態を免れたのだ。
ジェンガの前身は、その生みの親レスリー・スコットが子供の頃に家族で遊んだゲームだ。彼らアフリカ在住の英国人家族は、当時住んでいたガーナの港町タコラディにちなんで、これを「タコラディ・ブリック」と呼んでいた。
その商品化のために動き始めたとき、レスリーは「タコラディ・ブリック」は、ゲーム名として機能しないように感じた。すでに地名としてよく使われていたし、地名だけでは自分の家族や近しい友人たち以外の人々に、この遊びを連想させることができないと考えたからだ。
何か別のまったく新しい言葉、既存のイメージがなくて、しかも何とかしてこのゲームの本質を想起させることができるような……そんな言葉を彼女は求め、そして家族との団欒の中出てきた「ジェンガ」がそれだったのだ。
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