金正恩氏が歴史的「訪韓」を遅らせている事情 暗殺リスク回避に加え、外交上の計算も

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まず制裁緩和と南北の経済協力だ。南北経済協力と北朝鮮に対する韓国の投資計画は、アメリカ政府が圧力路線を堅持しているせいで凍結状態に留め置かれている。北朝鮮からの輸出も2017年の制裁強化を受けて、ぐっと落ち込んだ。以上2つの理由から、制裁緩和と経済協力で事態打開を図ることが、南北双方の重要関心事項になっている。

次に非核化だ。非核化について目立った進展がない限り、制裁緩和はありえないことを韓国政府は理解している。文政権は少なくとも、9月に平壌で行われた首脳会談で北朝鮮が示した核施設廃棄の公約を守るよう正恩氏に説得を試みることになるだろう。

急いで訪韓するメリットがない

3つ目が米朝関係だ。文氏はトランプ大統領から伝言を頼まれており、正恩氏が訪韓した際にはこれを伝えることになると12月に語っている。また文氏は外交上および内政上の理由から、正恩氏の訪韓を何としても米朝関係の改善につなげなければならない状況に置かれてもいる。

4つ目が朝鮮戦争の終戦宣言である。4月の南北首脳会談で掲げたこの目標を年内に達成するのは不可能だ。しかし、朝鮮戦争の終戦宣言が南北双方の重要目標であることに変わりはない。

そして5つ目が離散家族の再会。南北は離散家族の再会事業を行っていくことで合意しているが、2018年に実現したのは1回のみ。正恩氏にとって再開事業の戦略的重要性はほとんどない。ただ、融和路線に対する国内の支持をつなぎ留めておきたい文氏にとっては重要性が極めて高い。

以上を踏まえると、正恩氏が近々ソウルを訪れることはまずないだろう。非核化は進展しておらず、アメリカも制裁緩和や朝鮮戦争の終戦宣言について特に歩み寄る姿勢を見せているわけではない。急いで訪韓して文氏と会談しても、さして目立った成果が上げられるとは思えない。

もちろん、年末の土壇場になって訪韓が電撃的に行われる可能性は排除しきれない。とはいえ、トランプ氏は2019年の早い段階で2回目の米朝首脳会談を行うことに関心を示している。南北が緊急会談を行った5月と違って、米朝関係は危機的状況に陥っているわけではない。

2回目の米朝首脳会談をめぐって事態が急速に進展するか、反対に重大な問題でも浮上しない限り、正恩氏が訪韓を急がなければならない理由はほとんどない。訪韓が北朝鮮にとって重要性を帯びてくるのは、これをテコに南北関係を口先以上の内容へと前進させられる条件が整ったタイミングだ。言葉だけの成果なら、すでに十分達成できている。

筆者のチャド・オキャロル氏は北朝鮮ニュースの創設者。2010年から北朝鮮について執筆している。英ロンドンと韓国ソウルを拠点とする。
「北朝鮮ニュース」 編集部

NK news(北朝鮮ニュース)」は、北朝鮮に焦点を当てた独立した民間ニュースサービス。このサービスは2010年4月に設立され、ワシントンDC、ソウル、ロンドンにスタッフがいる。日本での翻訳・配信は東洋経済オンラインが独占的に行っている(2018年4月〜)。

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