金正恩氏が歴史的「訪韓」を遅らせている事情 暗殺リスク回避に加え、外交上の計算も
正恩氏の訪韓日程には、米朝関係も絡んでいる。
南北首脳が5月に板門店で2度目の会談を電撃的に行ったことを考えれば、正恩氏が年末までに電撃訪韓する可能性が完全に消えたとまではいえない。5月の南北首脳会談は、アメリカのドナルド・トランプ大統領が米朝首脳会談をキャンセルすると唐突にツイートしたことを受けて、急きょ行われている。
米朝首脳会談を復活させるべく緊急会談を行うことが、南北首脳双方の利益にかなう行動だったのだ。外交的な交渉力を引き上げ、制裁緩和を何としても勝ち取りたい北朝鮮にとっては、アメリカとの首脳会談のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
だが足元の状況はどうか。トランプ大統領は12月に入って、正恩氏との2回目の会談を2019年1月か2月に行うと公に語っている。11月に予定されていた米朝高官協議を北朝鮮が一方的にキャンセルしたにもかかわらず、である。つまり、北朝鮮にとっては何が何でも訪韓を急がなければならない理由はない。
北朝鮮は本気で暗殺を恐れている
正恩氏の訪韓はまた、北朝鮮にとって警護面で極めてリスクの高いイベントである点も頭に入れておく必要がある。
アメリカの中央情報局(CIA)と正恩氏の暗殺を共謀したとして、北朝鮮メディアが韓国の国家情報院(NIS)を非難したのは2017年5月。その後、文氏の大統領就任によって平昌冬季五輪を舞台とした南北外交への道が開かれ、これが歴史的な南北首脳会談につながっていったのは確かだ。しかし会談がいかに友好的な雰囲気で行われようとも、正恩氏の身辺警護が北朝鮮にとって圧倒的な最重要課題である点はいささかも変わらない。
4月の南北首脳会談では、正恩氏を乗せたリムジンが軍事境界線のある板門店の共同警備地区に滑り込んできたとき、ボディーガードの一群がリムジンを取り囲むように併走し、がっちりと警護を固めていた。芳名帳に記入する直前にも、北朝鮮の護衛スタッフは正恩氏が着席することになるいすを消毒した。6月の米朝首脳会談で合意文書に署名するとき、正恩氏は机の上に用意されていたペンではなく、妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が持参したペンを使った。こうした物々しいまでの警護に、正恩氏の身の安全に対する北朝鮮側の強い懸念が見て取れる。
さらに、北朝鮮サイドは米朝会談の会場となったシンガポールを事前に何度もチェック。正恩氏が初めて訪中したときは、恐ろしく非効率な交通手段であるにもかかわらず、父の金正日(キム・ジョンイル)総書記が過去にそうしたように「特別装甲列車」で中国入りする方法をとった。