転落に感電まで、「VR現場教育」の最前線

「命を落とす」研修はどこまで命を守れるか

「建設現場で起きる死亡事故の4割は高所から落ちること(墜落)が原因。事故の恐ろしさを学ぶには、座学よりも身をもって体験するほうが有効だ」。VRを開発した経緯を、準大手ゼネコンである東急建設の土木事業本部技術統括部の伊藤誠グループリーダーは語る。

東急建設では、これまでの安全教育はテキストや写真、事故経験者の証言などが中心だった。こうした教育は一定の成果を上げ、労災件数は年々減少したが、「ある一定の水準から減らなくなった。ここから先は個人の感性に訴えかける必要があり、怖さを体験してもらう必要があった」(和田伸一安全環境部長)。

実際に労災を経験した人は、一様に「気づいたら病院にいた。なぜ落ちたかわからない」と振り返るという。作業に集中すると恐怖心が薄れ、危険要素を見落としてしまうのだ。

「落下することが第一の目的では、受講者が身構えてしまい教育効果が薄れる。日常の作業に集中させることで、不安全な箇所に気づくことがいかに難しいかを実感してもらう」(和田氏)。

かつての建設現場では、作業員の死亡事故は決して珍しいことではなかった。一緒に仕事をしていた同僚が、ある日突然帰らぬ人となることもあった。それが各社の安全対策強化が奏功し、労働災害は年々減少。2017年の死亡者数は15年前と比べて半分近くにまで減った。

だが、近年は労災発生件数の減少傾向が鈍化している。建設現場の世代交代に伴い、事故が多かった時代を経験していない作業員が増え、事故の恐ろしさを改めて知らしめる必要が出てきた。

開発にあたっては、バンダイナムコと手を組んだ。落下スピードを本来よりも遅くして落ちる恐怖を体験させたり、地面に打ちつけられると同時に画面が真っ赤に染まったりと、ゲーム開発を通じて培った表現が光る。

VRは現在、全国の現場で社員や協力会社向けに使用されているが、作業に慣れているはずのベテラン職人でも次々と落下し、安全確認の重要性の再認識に役立っている。

「一度事故に遭わせたい」

視覚と聴覚だけでも十分怖いのだが、本当の意味で「五感」に訴えかけようとする企業もある。大阪市に本社を構え、画像処理やマイコンの設計などを手掛ける三徳商事は、東京都内の子会社で安全教育向けのVRを開発している。2001年にVR事業を立ち上げ、2004年から安全教育向けに展開を始めた。

足元の板が下がり、落下の疑似体験ができる(記者撮影)

舞台は工場での高所作業。傍らに置いてある工具を取ろうと手を伸ばしたところ、バランスを崩して落下してしまう。これをVRで体験させ、安全意識を高める。

特徴は、本当に「落ちる」ことだ。台車のような形をした専用機器に乗り、VRの画面が落下すると同時に足元の板がガクンと下がる。下がり幅はほんの数センチメートルではあるが、VRの映像と相まって、終了後は思わずその場にへたり込んでしまう。

三徳商事の松田進・情報機器部長は「映像だけでは身が入らない。リアルとバーチャルを組み合わせることで、安全に対する意識を変えていく」と意気込む。ガス事故ではガスの臭いを模したにおいを漂わせるなど、五感をフルに使って事故の怖さを伝えていく。

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