移民という「自死を選んだ」欧州から学ぶこと

「リベラリズムによる全体主義」がやってくる

マレーは、膨大な調査結果を参照するだけでなく、数々の現地取材も重ねている。そして、移民問題という極めてデリケートな問題を扱うに当たり、冷静かつ公正に論証を積み上げつつも、決して曖昧な表現に逃げようとはせず、自らの主張を明確に断定している。

欧州人の精神的・哲学的な「疲れ」と「罪悪感」

なかでも圧巻なのは、本書の後半で論じられているように、欧州人の精神や思想にまで分析を施していることである。

たとえば、マレーは、欧州人が移民の受け入れに反対するのを極度にためらう心理の底に、かつての帝国主義に対する罪悪感が横たわっていると指摘する。この過去に対する罪悪感が現在の行動を支配し、歪めるという病理は、われわれ日本人にも大いに心当たりがあろう。

あるいは、マレーは、欧州人の精神的・哲学的な「疲れ」の問題を論じる。要約すれば、すべてを疑い、相対化し、脱構築する現代思想によって、欧州人は疲れ果て、燃え尽き症候群に陥ってしまい、もはや移民問題に取り組むエネルギーを失ってしまったというのである。

「欧州の哲学者たちは真実の精神や偉大な疑問の探索に奮い立つのではなく、いかにして疑問を避けるかに腐心するようになった。彼らは思想と言語を脱構築し、協調して哲学の道具にとどまろうとした。実際のところ、偉大な疑問を避けることが哲学の唯一の務めになったかに思えることもある。その代わりを果たすのが、言語の難しさへのこだわりと、固定化されたものすべてに対する疑念だ。まるでどこにもたどり着きたくなくて、すべてを問いたがっているかに見える。おそらく言葉と思想が導くものを恐れて、その両方の牙を抜こうとしているのだ。ここにも広漠たる自己不信が存在する」(同書344ページ)。

この「疲れ」の問題は、ニーチェやシュペングラー以来の西洋思想の難問である。

この西洋思想の難問を、移民という実際的な問題を論じる文脈の中に置くところに、深い教養に裏打ちされたイギリスの保守系ジャーナリズムの神髄が表れている。

とはいえ、過去に移民に対する懸念を少しでも口走った政治家や知識人は、軒並み公の場から追放されてきた。では、このような「過激」な書を世に問うたマレーの運命やいかに?

マレーによれば、本書はイギリスでベストセラーとなり、一般読者のみならず、意外にも批評家からも好評を得たようである。「政治的文筆、かくあるべし」と言うべき彼の優れた文章力の勝利であろう。これは、よく言えば、本書を受け入れる健全なリベラリズムがイギリスにまだ残っていたということを示している。だが、悪く言えば、欧州が自死を遂げつつあることを誰も否定できなくなったということでもある。

そして日本もまた、欧州の後を追うかのように、自死への道を歩んでいる。もっとも、1人のマレーも出さぬままにだが……。

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