検証 中小企業金融 「根拠なき通説」の実証分析 渡辺努・植杉威一郎編著 ~効率の悪い企業は退出 収益性は概して高いと結論
一国の経済活動において中小企業はきわめて重要な役割を果たしている。日本の場合、法人企業の99%は中小企業により構成され、常用雇用者の3分の2は中小企業に勤めている。それゆえ、景気の雲行きが怪しくなれば、総合経済対策と称して金融面での措置を中心に中小企業対策が実施されることが多い。
一方で、典型的な中小企業とはどのような姿であり、また経営はどうなっているのかと問われれば、答えに窮する。中小企業の経営実態は、その重要性にもかかわらず、ほとんど明らかになっていないのである。
このように中小企業をめぐっては、実態を理解しないまま各種の対策が講じられるなど、摩訶不思議な状況にある。
理由は単純で、実態把握の前提となる、経営財務にかかわるデータベースが整備されていなかったからである。その意味で、「やむを得ない」という側面も否定できない。
しかし、近年、事態は大きく改善された。すなわち、CRD(信用リスク情報データベース、CRD協会が運営)や金融環境実態調査(中小企業庁が実施)といった個票データから構成されるデータベースが利用可能となり、現在、これを用いた中小企業経営にかかわる研究が活発化している。
本書は、こうしたデータベースを利用して、中小企業金融の実態解明を狙った研究論文を取りまとめたものである。その際、通説の検証を通じて実態を明らかにするという接近方法が採用されたところに特色がある。
検証対象となった通説は、「中小企業においては、非効率的な企業が存続するなど、淘汰メカニズムが正常に機能していない」「中小企業向け融資の貸出金利は適切に設定されていない」「信用保証枠の拡大は所期の効果をもたらさなかった」などである。
そして、結論は明快であり、通説はことごとく否定される。
すなわち、日本の中小企業金融においては競争メカニズムがきちんと働いており、効率の悪い企業は市場退出を求められ、営業を続けている企業の収益性は概して高い。読者の多くは、この結論に戸惑うであろう。
しかし、これが多分、実態だろう。評者もCRDを用いて中小企業の経営財務にかかわる属性を明らかにしたことがあるが、その際も、同様の結論が得られたからである。
サブプライム危機を契機として景気後退懸念が強まるなか、政府は各種の中小企業対策を打ち出している。しかし、政府による支援は必要とされないのかもしれない。秋の夜長、本書を片手にこの問題について考えてみてはどうだろうか。
わたなべ・つとむ
一橋大学経済研究所教授。1959年生まれ。東京大学経済学部卒業、米ハーバード大学でPh.D.。日本銀行を経る。
うえすぎ・いいちろう
一橋大学経済研究所准教授。1969年生まれ。東京大学経済学部卒業、通商産業省入省。米カリフォルニア大学サンディエゴ校でPh.D.。
日本経済新聞出版社 3045円 236ページ
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