「知識偏重」「暗記」教育に対する大いなる誤解 「生きた知識」と「死んだ知識」の違いとは?

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認知科学の研究成果から得られた知識像はこれとは随分違うものだ。知識は知識から生まれる。認知科学では、一言でいえば、学ぶとは知識を得ることである。

しかし、それはバラバラに存在する断片ではない。認知科学では、そのような断片の知識は「死んだ知識」と呼ぶ。それは、覚えていても、それをいつ、どのように使ったら良いのかわからないので、それを使って何もできない状態にある知識である。

「死んだ知識」の対極が「生きた知識」である。ことばの知識を例にして考えてみよう。

たとえば、英語の単語を1つの日本語の単語に置き換えて5000語覚えても、英語を話すことはできない。しかし、500語程度しか知っている単語がなくても、英語を母語とする子どもは、それを使って自分の言いたいことを表現できる。前者は死んだ知識の良い例、後者は生きた知識の良い例である。

なぜ母語の習得は「生きた知識」の習得なのか

子どもは語彙が少ないうちから母語を果敢に使い、コミュニケーションを取っていく。多くの人は子どもが大人から教えられてことばを覚えると思っている。しかし、それは間違いである。

ことばの意味を知るということは、このことばがいつでも使えるということである。子どもに、どのように「赤」の意味を教えられるか、考えてみてほしい。消防車やトマトを指して「あか」と言うことがせいぜいだ。しかし、消防車とトマトの色が「あか」と覚えてもそれで「赤」の意味が理解できたことにならない。

「赤」ということばを使えるということは、一般的に「赤色」に結び付けられる消防車、リンゴ、トマトなどだけでなく、大人が「赤」と呼ぶ色すべてを「あか」と認識し、「あか」と呼ばない色は「赤とは違う」と認識できることである。

そのためには、「赤」と似ているが、違う色――オレンジやピンクということばを知っていて、それらとの違いがわかる必要がある。子どもは、さまざまなモノを見て、その色の名前を聞く。

しかし、赤とオレンジとピンクがどのような関係にあって、それぞれの境界がどこで引かれるのかは自分で探すしかない。実際、子どもは何千、何万ものことばの意味を自分で推測することで覚えているのである。

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