それでも別れたいと元妻は言い出した。自分の中では、『離婚するべき』と『離婚したくない』という思いが交錯してたんです。息子は小学校に入りたてで、家も建てたばかりだし、ようやく思い描いた家庭に近づいたというところだったんです。浮気が出来心だとするならば、もとに戻る可能性もなくはないと思っていました」
毎日のように、朝から別れる、別れないと、押し問答が続いた。
ある日の早朝のこと、そのやり取りに業を煮やした育美は、怒り狂って、部屋のものを手当たり次第に投げつけてきた。そして、タンスとして使っていたアルミラックのボードで、正弘さんは体中を殴りつけられた。
殺されるかもしれない
「いちばん怖かったのは、けんかをしている最中に手鏡が割れたことです。それを見た瞬間の妻の形相が凄く怖かったんです。ちょっと冷徹な薄ら笑いのような、尋常ではない異様な目つきでこっちを見ていたんですよ。明らかに、“これで殺してやる!”という顔をしてたんです。そこで、生まれて初めて自分は殺されるかもしれないと思いましたね。本気になれば私は男なので勝てるかもしれないんですが、そのときは彼女の支配下に置かれているようで、無力さしか感じないんです。これで刺されたら一瞬だなと思いました」
2階の寝室から階段まで命からがら逃げた正弘さんを、育美は凄まじい威力で足で蹴り上げた。あっという間に、正弘さんの身体は階段をゴロゴロと転げ落ちた。下手したら命にかかわる状況だったが、必死に頭だけは守った。
ここにいたら殺される! 直感的に感じてそのまま家を飛び出して、車を飛ばして、近くの交番に駆け込んだ。そのまま病院に搬送され、診断書を貰うと内出血との診断だった。
弁護士に相談すると、「もう家には帰らないほうがいい」と助言された。正弘さんは、DVのショックで精神疾患を患い仕事が手につかなくなり、そのまま勤めていた会社は退職を余儀なくされてしまった。
しかし、これまでに自分の財布を握ってきたのは育美である。所持金もなければ、行くあてもない。かろうじて見つけた別の印刷所の営業で糊口をしのぎ、社長宅に居候させてもらう日々が続いた。しかし、いつまでも厄介になるわけにはいかない。離婚を考える時期にきていた。
不貞などで、夫婦関係を破綻させてしまった配偶者のことを「有責配偶者」という。原則として、この有責配偶者からの離婚はなかなか認められないため、正弘さん自らが離婚を申し立てた。
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