48歳、不倫され別れた女をなお愛す男の境地 結婚11年で離婚、激しすぎる暴力を受けても

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調停が始まり、離婚が成立したのは、11月22日。奇しくも「いい夫婦の日だった」と、正弘さんは苦笑いする。

調停の結果、最愛の息子とも定期的に会えることになり、最終的に不倫相手の男性に対して損害賠償請求を地裁に起こし、200万円の慰謝料が支払われた。それを元手にして、正弘さんはアパートを借りて、家財をそろえ、ようやく一人暮らしを始めることができた。

今でも妻を憎むことはできない

離婚して数カ月経ったある日、唐突に育美に携帯で呼び出された。

「ゲームセンターに行きたいから一緒に付き合ってくれない?」

聞くと、育美は不倫相手の子どもを流産し、もうすでに別れたらしかった。寂しさがこみあげてきたのだろうと、正弘さんは思った。

「行かないという選択肢は自分の中にはなかった。私は彼女が嫌いで別れたわけじゃないんです。浮気は、確かにダメだと思う。でも結局、それを許すも許さないも自分次第じゃないですか。喪が明けるというか、3年か5年辛抱したら、いつか自分の元に帰ってきてくれればいいなと、無邪気な元妻の姿を見てそう思っている自分がいたんです」

会うと、2人は何も言葉を交わさず、ただただ、ゲーム機に向き合い始めた。まるで付き合い始めの頃みたいだと思った。あれだけのことをしたのだから、とんでもない女だという親族や友人もいる。それでも正弘さんは、育美を嫌いになれないのだという。育美は、その後も男性と何回か出会いと別れを繰り返したのち、別の男性と再婚し、今も息子と一緒に暮らしている。

正弘さんは自らの家庭を顧みなかった過去を反省し、印刷会社を辞め、息子との時間を作るために、時間の融通の利く現在の介護職に転職した。

「妻とはいろいろあったけど、どうしても今でも、妻を憎むことはできないんですよ。ある意味、結婚という制度におさまらないところがあった人なんだなと思うような気がしているんです。自分が結婚生活で悪かった部分もあるんですよ。仕事に追われて、家のことを任せきりで家庭を顧みなかった。私は働きに行くだけのお役目だと勝手に思ってたので、それで寂しい思いをさせてしまったんだと思います。

いまだに妻のことを尊敬できる部分はあって、それは浮気されてもまったく変わらないんですよ。とにかく自由な人で、好きなものは好きだということを貫いた。あけっぴろげで、素で生きてる。今考えると、素すぎるんですけどね。でも、まっすぐな生き様とか、生命力の強さは今でもすごいと思うんですよね」

正弘さんは、そうつぶやくと静かにほほ笑み、愁いを帯びたまなざしで、ふっと空を見つめた。

きっと、離婚した今でも、正弘さんはまだ育美との生活に心残りがあるに違いない――。私は、そう直感的に感じた。育美に翻弄され、裏切られても正弘さんは、育美を心の中で思い、今も愛している。それは、育美が浮気しようが、たとえ離婚で関係が切れようが、暴力を振るわれようが変わらない事実で、正弘さんにとって、きっと怒りや憎しみを超越した感情なのだと思う。

心の中で、そんな正弘さんの今後の幸せを願わずにはいられなかった。

菅野 久美子 ノンフィクション作家

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かんの・くみこ / Kumiko Kanno

1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。単著に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国』(双葉社)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(KADOKAWA)『母を捨てる』(プレジデント社)など。

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