「お墓の問題」に悩む人が勿体なさすぎる理由

時代に合わない伝統に縛られなくてもいい

しかも、いかにも家康が決めたことのように寺に張り出され、寺子屋の習字手本にも使われたというから、これまた今でいう印象操作や、洗脳教育みたいなものだ。

こうして、寺は経営が安定した。俗に「葬式仏教」とよばれるものは、ここに始まる。つまり、一般庶民がお寺のお坊さんと葬儀・法要を行い、家の中の仏壇にご先祖の位牌が並ぶ光景(位牌を使わない宗派もある)は、300年くらいの歴史しかないのだ。

ちなみに、元々の仏教で、死後の戒名はない。位牌のルーツは儒教から来ている。というか、そもそも祖霊信仰・祖先崇拝が仏教にはない。中国の儒教と、日本土着の原始神道的な民俗信仰とが融合したのだ。その結果、われわれは、(仏につながったとされる)ご先祖様を拝んでいる。

「お墓参り」の歴史は200年しかない

では、お墓はいつからあるのか?

実は、「養老律令」(757年)の喪葬令(そうそうりょう)で、庶民は墓を持ってはいけないとされた。なので、ずっと時代が下っても、普通の人々は決められた地域に穴を掘って埋め、上に土饅頭を作る。もちろん土葬だ。いわば、これが墓だった。目印として石を置いたり、木を植えたりはする。やがて遺体が腐敗して土饅頭は陥没し、その存在はわからなくなる。文字どおり、土に還るというわけだ。

しかしそれではご先祖を拝もうにも、どこを拝めばいいのかわからない。そこでやがて、埋めたのとは別の便利な場所に、石塔を作って拝むようになった(民俗学では、これを「埋め墓」と「参り墓」の両墓制と呼んでいる)。

「参り墓」を拝んだところで、それはしょせん石材だ。しかし、遠くにある「埋め墓」につながる入口だと考えればいい。

とはいえ、石塔を建てられるのは上流階級の話。一般庶民が墓を建てるようになるのは、江戸時代のことだ。各地の墓地で墓碑を調査したところ、「文化・文政・天保(19世紀初期)」の頃から、一般庶民の墓が増え始める、という。

天保2年(1831年)には、『墓石制限令』というものが出ている。これは「百姓・町人の戒名の院号・居士禁止」や「墓石の高さ四尺まで」などと決めたもの。ということは、それ以前にそういう墓が出て来たということだろう。そして、この規則を守るなら庶民も墓を建てていいということだ。

つまり、庶民がお墓を建て、お墓参りをする風習は200年くらいの歴史しかない。

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