世界金融危機の猛威、高まる”国家”の信用不安
リーマンショックで巻き起こった金融危機は、燎原の火のごとく世界へ広がっている。もはやリスク商品の投げ売りでは済まない。相互の信頼が崩壊し、キャッシュを回収する強烈な巻き戻しが進む。短期資金の流れもグローバル化していたため、金融機関の流動性危機は米国から欧州へと一気に広がった。
とにかく“鎮火”に必要なのはキャッシュの確保。それだけにアイルランドが9月末に行った預金全額保護の宣言は、ブラウン英首相を怒らせた。英国の銀行からアイルランドへ資金が流出するからだ。結果、英国はいち早く公的資金を入れることになり、欧州各国が相次いで包括支援策を発表した。
欧米で急速に広がった金融インフラの国有化に対する市場の見方は、信用リスクの売り買いをするCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)に表れている。「CDS市場で金融機関の買い、ソブリン(政府債)の売りという取引が見られた。広がっていた金融機関のCDSスプレッドが縮まり、逆にソブリンのスプレッドは広がった。国有化されるなら、金融機関の信用力はその国の信用力に近づくはずという裁定が働いた」(モルガン・スタンレー証券・大橋英敏債券調査本部長)。
各国が対応に追われる中、慌ただしい動きを見せたのが「非常事態宣言」を行ったアイスランドだった。政府管理下に置いた大手3行の総資産は、2007年時点で国のGDPの10倍近く。保証対象とした国内預金だけでもその2倍。英国やノルウェーでのビジネスのほうが国内より大きかった。
「アイスランドは国の経済をハイレバレッジの金融が引っ張るヘッジファンドのような成長モデルだった。国内3位のグリトニル銀へ資本注入が行われたことで『本気で支援するつもりなのか』と市場が驚いた」(R&I・関口健爾シニアアナリスト)。同国2位のランズバンキ銀では口座凍結に踏み切り、英国の地方自治体を含む預金者がおカネを引き出せなくなった。英国側は対抗手段として、英国内にあるアイスランドの銀行の資産を凍結。危機の露呈で通貨クローナは対円で半分に暴落。ロシアから40億ユーロ(約5000億円)の支援を取り付けたが、結局はIMF(国際通貨基金)が21億ドルの緊急支援を行うことになった。
一気に資金が引き揚げ振り回される新興国
アイスランドに続き、ウクライナやハンガリーへのIMFによる支援が決まっている。ただ、アイスランドとは背景が違う。「金融産業はアイスランドほど大きくなく、ユーロ債の発行やユーロ建ての融資を外から引っ張っていた形だった。だが、欧州各国の資金の巻き戻しで、外貨建てつなぎ融資等の調達ができなくなった」(R&I・原一樹シニアアナリスト)。
これまで新興国には高い利回りの運用を求める欧米の資金がなだれ込んでいた。しかし今、それが一気に引き揚げられている。「欧米のデカップリング論は、いわば新興国に対する罪つくりな“褒め殺し”。これで(拡大の)フロンティアを使い尽くしてしまった」(みずほ証券・高田創金融市場調査部長)。ウクライナやハンガリーのように、経常収支の赤字が大きく海外からのファイナンスに頼っていた国は特に深刻だ。また、対外債務が多く、外貨準備高が少ないといった国家財政の脆弱さを抱えていると、必然的に当該国通貨が売りを浴びる。そして通貨の暴落によって対外債務が増大する。ウクライナもそうだが、為替を買い支えようとして外貨準備をすり減らすことにもなってしまう。
ウクライナは00年にデフォルトを起こし、償還期限の延長を行った。直近では経済が回復していたところだった。01年にデフォルトを起こしたアルゼンチンは、CDSスプレッドが40%までハネ上がっている。10月21日には民間の年金退職金基金の国有化を発表。これを担保にした資金調達が狙いで、実態は接収だ。アイスランドのクローナが典型だが、高金利通貨として円キャリートレードの運用対象だった通貨に信用不安が生じると、巻き戻しによる下落スピードは速い。急速な円高はこうした動きを反映したものだろう。
先進国にも高まる不安 不協和音の懸念
アイスランドのような急変は起きないとしても、「金融立国」は危機を封じ込めることができるのか、市場の評価にさらされる。スイスではUBSへの資本注入60億スイスフランと600億ドル分の不良債権の買い取りを発表している。UBSの資産規模はGDPの4・5倍もある。
一方、IMFにはベラルーシ、パキスタンからも支援要請がある。1998年のロシア・アジア通貨危機以来の同時多発危機だが、今回はさらに支援規模が拡大するだろう。ソブリンのデフォルトが起きれば、金融機関や年金基金の運用などに跳ね返る。各国とも自国の防衛に必死で、通貨の協調介入にも不協和音が生じているのが実態だ。IMF管理下で緊縮財政を強いられることを忌避する国もある。世界は増幅する国家不信の対応という難題を抱えた。
(大崎明子 =週刊東洋経済)
(写真:ストロスカーンIMF専務理事 =IMF)
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