きっとこれから先も、こうやっていろんな人が足を引っ張るようなことを言ってくるんだろうけど、負けてはいられない。他人の意見に従って、どんどん自分が小さくなってしまうような、最悪の未来だけは描きたくない。絶対に、絶対に嫌です。
何が正しく、何が幸せかも分からなくなってしまう
自分は今、「ありたい自分」でいることができているだろうか。
そんな問いが、私を山に向かわせた。
そして、山を登り、挑戦を続けることが、納得いく自分のあり方を証明する手段になった。
でも、日本のような平和で恵まれた環境にいたら、そう簡単にリスクを犯してチャレンジに踏み出すことなんてできないというのも分かります。人間は、自然と怠ける生き物です。ぬるま湯に浸かっていたら、何が正しくて何が正しくないのか、何が幸せで何が幸せじゃないのか、段々と分からなくなります。だからこそ、日常の小さな場面からでいい。自分をリスクにさらしたり、コンフォートゾーンの外に出てみるといいと思います。
簡単なのは、何でもいいのでちょっとした負荷を自分にかけてみることじゃないでしょうか。「できそうにないな」と思う仕事でも、「やってみます」って思い切って言ってみるとか。先輩がやっている仕事を「私にもやらせてください」って言ってチャレンジしてみるとか。自分にとって“ちょっとだけ難しいこと”に関わっていくようにすると、これまでとは違った景色が見えるようになります。
そんなことを私が考えるようになったきっかけは、山を登ることを通じて、命の危険や死の恐怖を感じる経験をしたから。一度、長野県の阿弥陀岳で約250mの滑落事故に遭ったことがあります。幸い奇跡的に無傷で済みましたが、その日は雪に穴を掘って一晩過ごすことに。一睡もできなかったし、もう帰れないかもしれないという不安が何度も頭をよぎりました。救助隊の皆さんのおかげで翌日の正午頃には救助されましたが、あの日から一層1日1日のありがたみを感じるようになったのも確か。そして、いつ死ぬか分からないからこそ、後悔のないように生きたいと強く思うようになりました。
私が今、皆さんに伝えたいことは、どうか「心のコンパスに従って生きてほしい」ということ。人生で一番大事かつ贅沢なものは、「時間」だと思います。いかに自分の時間をしっかりと持ち、それを自分のやりたいことや自分を高めることに使えるかが、人生の豊かさを決める。休むときは休んで、本気で何かに取り組むときは集中して取り組む。私も休みと決めた日は一切トレーニングはしません。そうやって「心のコンパス」の向くままに生きていく人生こそが、一番幸せな生き方だと思うんです。
もしも「心のコンパス」に従うのが苦手な人がいたら、その筋トレとして、まずは美味しいものを食べたら「美味しい」って声に出して言ってみてください。よく晴れた空を見たら「今日は天気がいいなあ」「空が青いなあ」とちゃんと口にしてみてください。そうやって自分の感情を言葉にして、素直に受け止めることが、「心のコンパス」に従って生きるための第一歩。最初はぎこちなくてもいい。続けていると、本当に気持ちまで楽しくなって、今よりもずっと正直で、前向きな自分になれるはず。
誰かが「こちらに進みなさい」と立てた標識に従う必要は一切ありません。
私たちは皆、一人一人の「心のコンパス」を信じて、自分の進む道を決めていくことができるんですから。
(取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER))
