虐待の写真集が1冊ずつ手作りになった理由 長谷川美祈さんがダミーブックに込めるもの
そんなとき、虐待事件が報道された。追い詰められれば誰でもやりかねないと実感した。しかし、報道では親の残酷さだけが言い立てられる。違和感があった。母性を社会的に強要されていると感じたのだ。
この頃、妊娠前に趣味で通っていた写真教室の仲間からグループ展に誘われた。「娘の視線」で写真を撮ろうと思い立った。実際に撮ってみると、娘と自分は見ている世界が違うことに気づいた。
「私は娘とは違う人間だと感じ取ることができました」
「視線を変えたら気持ちが変わる」
長谷川さんは虐待をしそうなお母さんに、「視線を変えたら気持ちが変わるよ。子どもへの思いも変わるよ」と伝えたいと切実に思ったという。その思いを写真のポートフォリオとして作品化し、「ジュエル」と名付けた。当時2歳になっていた娘が、綺麗なものを見るたびに、「ホウセキ」と呼んでいたからだ。
あるとき作品を持って、美術館やギャラリー関係者や出版関係者などの専門家たちから、有料で意見を受けることができるポートフォリオレビューに参加した。評価が良ければ発表の機会をもてる。このとき、専門家の多くは「可愛い親子写真」と評した。長谷川さんの作品意図を理解しなかった。
ただ、1人、長年海外を拠点に活動してきたフリーランスの写真コンサルタントの後藤由美さんが、長谷川さんが母子の問題を表現していることを理解した。
長谷川さんは後藤さんが主催するワークショップに参加し、ダミーブックという形式に出合う。
そして、母子についての問題意識をさらに深めた。それがダミーブック『The Path Of Million Pens』だ。自分自身と母親、祖母の幼い頃のアルバムなどを編集し、女性が母親以外の顔を持つことの重要性を表現した。これは後藤さんを通じて国外に広く販売され、制作した100部を完売した。長谷川さんは、ダミーブックであれば伝えたいストーリーを観賞者と共有できると、手応えを得た。
これに続くプロジェクトが、『Internal Notebook』だ。長谷川さんは言う。
「プロジェクトを始めたときには、私なりの虐待をされた人のイメージがありました。でも、話をきちんと聞くと一人一人それぞれの物語がある。思い込んだり、わかった気になるのがいけないと思うようになりました」
2017年11月には、『Internal Notebook』をもとにした個展が、後藤さんが東京都墨田区で運営するギャラリーで開催された。
ギャラリーを訪れた、被写体となった人からは、「こんな体験は、自分1人だと思っていたが、そうではないことを知った」という感想があったという。個展会場には当事者と思われる人が、熱心にダミーブックのページを繰る姿が見られた。
長谷川さんは最近、近くの町で子どもを怒鳴りつけている知り合いの母親に出会った。周囲に遠巻きに見ている人たちもいた。ためらわず「大丈夫?」と声をかけると、母親はわれに返り、冷静になった。そして「よく声をかけてきたね」と答えたそうだ。長谷川さんは「私にもあることだから」と返事をしたという。
『Internal Notebook』は私たちに、日常に虐待が埋め込まれていることを教えてくれる。そして、考え続けることを要求する。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら