超高齢化時代は「共同体メカニズム」が重要だ 行動経済学者が考える新時代のリーダー論

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今後、高齢化が進むと認知症患者の人数が増えていくことが予想される。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(2014年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業) によると、2025年に700万人、2060年には最大1100万人が認知症になると推計されている。

認知症患者は、合理的な意思決定を行う消費者主権を実現できず、市場メカニズムを有効に使うことができないため、今後は共同体メカニズムの重要性が増していくであろう。この際の公共メカニズムの1つの重要な役割は、市場メカニズムと共同体メカニズムがうまく協同するように制度や政策を整備していくことにあると思われる。

認知症患者は公共メカニズムの活用も難しい

また、認知症患者は虐待を受けたときに公共メカニズムである訴訟を使うのが難しいことを考えると、共同体メカニズムの活用が望まれる。厚生労働省の2015~2016年度の「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」によると、介護老人福祉施設など養介護施設での虐待と市町村などが判断した件数は2014年度の300件から2016年度の452件と、2年間で50%以上も増加している。また、2016年度中に発生した市町村把握の虐待などによる死亡例が25人あった。

2018年3月22日に横浜地方裁判所が有料老人ホームの元職員に死刑を言い渡した川崎市の連続転落死のように裁判で争われた例もある。疑いが少しでも残れば無罪となる裁判で、認知症を発症した高齢者の被害を証明するのは困難であることにも注意を要する。

筆者は研究のために、2018年2月26日に東京地方裁判所で判決の出た千代田区一番町特養施設での虐待事件の陳述書を読ませていただく機会があったが、施設で虐待を受けたうえに無理やりに食べさせられたための誤嚥により死亡に至った可能性が強く感じられた。

しかし、一審では原告側の敗訴となった。高齢者の介護については市場メカニズムを裁判などの公共メカニズムで補完するだけでは深刻な限界があると思われる。今後、高齢者の虐待を減らしながら介護を充実させていくには介護市場メカニズムと家族などの共同体メカニズムが、補完し合うことが必要であろう。

ここで注意しておく必要があるのは、制度の設定によっては、市場メカニズムが働くと共同体メカニズムが弱体化する場合があることである。行動経済学者のウリ・ニーズィーらの有名なイスラエルの保育所の実験では、子供を迎えに来るのに遅刻した親たちに罰金を科したところ、むしろ遅刻する親が増えてしまった。その後に罰金制度をやめても、遅刻は減らなかった。

いろいろな解釈が可能だが、遅刻すると保育者に迷惑がかかるので遅刻しないようにするという共同体メカニズムが、罰金制度によって、遅刻したならば罰金を支払えばよいという市場メカニズムによって弱体化してしまい、罰金制度をなくしても共同体メカニズムは元には戻らなかった、と考えることができる。

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