鶯谷、「ラブホテルの街」の知られざる素顔 実は徳川将軍家の菩提寺もある文化豊かな街

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根岸には大正時代末に開設された花柳界もあった。関東大震災後、そして昭和20年代後半には繁昌したそうだが、今はその跡形もない。ただ、メインストリートだった柳通りでは、1925(大正14)年創業の洋食「香味屋」が盛業中。ビーフシチュー、オムライス、メンチカツなどメニューはいずれも老舗の味わい。こんないい店が今も健在ということで、根岸の風流は今にも受け継がれていると感じた。

鶯谷駅のランドマークは

鶯谷駅のランドマークとなっているのは、南口の赤い瓦屋根の可愛らしい駅舎。一昔前まで山手線や中央線にはこの手の瓦屋根駅舎がよく見られたが、今は数少ない存在となってしまった。南口へと続く構内の通路にも、他の山手線駅には失われてしまった昭和の頃の懐かしい雰囲気が残っている。

南口の可愛らしい駅舎(写真:筆者撮影)

ホームの柱は古レールがアーチ状に曲線を描く優雅なデザイン。昭和20年代のこの鶯谷駅ホームの様子を撮影した木村伊兵衛の写真を記憶しているが、木製のベンチに座る少女たちはもんぺ姿。駅名表示は「うぐひすだに」だが、古レール製の柱の曲線は現在と同じだ。

南口駅前に架かる大きな跨線橋は、新坂跨線橋とも凌雲橋とも言われている。橋上からは、上野方向に向かっての310Rという急カーブを一望できて、そこに何本もの列車が同時にやってくることも多く、金網でさえぎられることもなく眺望も開けている。鉄道展望にとってかなりすばらしい条件の場所だ。そしてこの橋は、駅のある高台と坂下の言問通りをつなぐ坂道状になっているので、立ち止まる地点によって変化に富んだ鉄道風景を楽しむこともできる。

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特にすばらしいのは、坂下側の橋のたもとにあるエレベーター前からの眺め。ひな壇のように並ぶ線路を、何本もの列車が同時に往き来する場面に出合うと、そのメリーゴーラウンドのような風景にひたすら圧倒される。

山手線に乗っていて、このカーブを通過する時はいつもガラガラ、ゴトゴトという轟音を列車は響かせてゆく。環状運転しているためカーブの多い山手線の線路のなかでも有数の急曲線。カーブ好きの私がつねに通過するのを楽しみにしているグッ鉄ポイントだ。

駅南口から新坂跨線橋の坂道をおりてゆくと、左手に飲み屋街があり、その先がラブホテル街。線路沿いにはなぜか児童公園があり、そこからは駅を通過していく常磐線や東北線の列車が真近に見える。

鈴木 伸子 文筆家

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すずき のぶこ / Nobuko Suzuki

1964年生まれ。東京女子大学卒業後、都市出版『東京人』編集室に勤務。1997年より副編集長。2010年退社。現在は都市、建築、鉄道、町歩き、食べ歩きをテーマに執筆・編集活動を行う。著書に『中央線をゆく、大人の町歩き: 鉄道、地形、歴史、食』『地下鉄で「昭和」の街をゆく 大人の東京散歩』(ともに河出書房新社)『シブいビル 高度成長期生まれ・東京のビルガイド』(リトル・モア)などがある。

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