「病死」扱いの無念、犯罪被害者は2度殺される 死因究明に不可欠な解剖が軽視される日本
こうした問題は折に触れて指摘され、立法府も対応はしてきた。2012年に死因究明等推進法(2年間の時限立法)、死因・身元調査法が議員立法で成立した。死因究明等推進法は死因究明の施策を進めていくことを国の責務と明文化した。死因・身元調査法は死因の究明を警察署長の義務と定め、司法解剖以外の解剖の道を広げた。この動きは大きな前進とされたが、肝心の解剖を行う組織を整備するための予算や人材は依然として足りないのが現状で、政府の対応に失望する声も大きい。
その結果、現在でも、監察医制度のある地域では約20%の死因不明の遺体が解剖されるが、それ以外の日本国内の約9000万人が暮らす地域の解剖率はわずか7%だ。これは他の先進国と比べても、かなり異常な状況だ。たとえば、スウェーデンでは異状死の約9割が、また英国では約半数が解剖されているという。
人を殺す罪といえば殺人罪だが、業務上過失致死のような過失による死亡事件もある。欠陥品による死亡事故などに解剖が活用されれば刑事責任追及とともに原因究明のきっかけともなり、新たな被害の防止につながる。1985年から2005年にかけて発生したパロマ工業製のガス湯沸かし器による一酸化炭素(CO)中毒事故では死者は21人に上った。
同社の経営体質や、事故を放置した経済産業省の責任が厳しく問われた事件だが、警察のずさんな検視捜査が被害を拡大したことも指摘されている。
死体が解剖されないことで犯罪を見逃していないか
千葉大学大学院法医学教室の岩瀬博太郎教授は、「司法解剖では最小限の労力で犯罪死だけを見いだそうとしており、検視だけで事件性がないと判断された死体は司法解剖されず、自治体や遺族に死因究明の責任を転嫁した結果、ほとんどの死体は解剖されないこととなり、それが犯罪を見逃す結果となっている」と言う(同教授に対する筆者のインタビューによる)。
さらに、死因究明等推進法、死因・身元調査法による新体制への評価も手厳しい。岩瀬教授によれば、「解剖が複数種類あって、費用負担もバラバラであることから、各省庁、自治体が責任を回避しあっている現状」と言う。「先進国で見られる法医学研究所のような実務機関を作り、解剖や検査をする人と設備を増やさなければ、新しい解剖制度を作っても絵にかいた餅」ということだ。
日本法医学会は、調査法の立法の際に、法医学研究所設置法を作ることを要望してきたが、結果的に実効性に乏しい推進法の制定でごまかされてしまったというのが実情のようだ。
検視や解剖は人間が受ける最後の医療とも言われる。現在の制度はそれが十分ではなく、また地域格差を生んでいるということだ。死者の無念を晴らそうとしない社会は生きる者をも大事にしない社会だ。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら